二宮駅に着いたのは、六時半頃。
正ちゃんからすれば、その辺が、やり繰りして何とか早めに来られる限界になる。
滅茶苦茶に忙しく、学校を出られるのはいつもなら七時半から八時過ぎだという。
仕事というのは、やろうとすれば幾らでも出て来るものだ。
ホームに降りて見回すと、記憶よりずっと大きな駅だ。
二階の改札口の向こうに、正ちゃんが待っていた。
白いシャツに紺のスーツで、いかにも堅いお仕事の人らしい。
私を見て、《うむ》というように頷く。
「久しぶりだな」
相変わらず男っぽい横柄な口調だ。
「今度は、江美ちゃんも入れて、本当のお久しぶり会をやりたいね」
学生時代、三人娘で行動していたのが江美ちゃんだ。
九州の人になってしまったので、おいそれとは会えない。
私は、きょろきょろと辺りを見回す。
「どうした」
「何だか、立派になったような気がして」
「あたしが?」
「駅」
「そんなに変わってないぞ。コンビニが出来たくらいだ」
「エスカレーターは?」
「江戸時代にはなかったな」
商店街の歩道を、正ちゃんに誘導されて歩く。
途中から、車の通りの多い広場に出る。
「どこ行くの」
「魚のうまい店だ」
「シマアジ?」
正ちゃんの好物だ。
「最近は、マハタがいいな」
「マハタ・・・・・・」
海のない県で育った者としては、《何それ》と思う。
「夏のマハタはいいぞ。こいつを厚く切ってもらうんだ。
身に弾力があって、上品な甘みがある。
秋になっても、これが──」
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この後、正ちゃんの実家で二人して飲むことになる。
二宮名物の《うでピーナッツ》も登場してきて、
オイラも二宮で飲みたくなるのだった。
★「太宰治の辞書」
北村薫著 新潮社 1,500円+税 2015.3.30.発行
「女生徒」P.77~78より抜粋
抜粋したところは、ほんのサブ材料的な部分だ。
男っぽい話し方をする正ちゃんが気に入ったのと、二宮の材料マハタがオモロイと思った。
それと、ユーモアのある会話も。
実はこの書籍、「乱読のセレンディピティ」的な、
太宰治に絡んだ推理エッセーになっている。
その途中、萩原朔太郎の詩や三島の話なんかも出てきて、
読んでいてなかなか楽しい。
文学に興味のある人には、ページが止まらないと思われる。
新聞書評で見て、オイラの嗅覚が働いた。
やっぱり、当たりだった。
太宰作品の抜粋が散りばめられている。
その文章《女生徒》には、たしかに萌える何かがあった。
でも、その実体は・・・。
ホントウにオモロイ。
しかもその主戦なオモロサに、副次的オモロサが蔦のように絡まり合って、
文学的な豊饒さが漂っている。
北村薫の作品を、もっと読んでみたいと思う。
PS:「サリンジャーと過ごした日々」が、日経の書評になっていた。
先にブログにしていたオイラは、ちょいと鼻が高くなっている。