書籍のタイトルが風変わりだった。
現代詩というものに、まったく疎かったのも手伝って興味が湧いた。
デイヴィッド・ロッジ「小説の技巧」を読むのに疲れると、
その詩人の書籍を開いている。
ひねくれ者なオイラは、終わりから目をとおす。
そこに載っている年譜をみて驚いたのは、
その詩人が幼いころから、京都の伏見稲荷へ参拝したという記述だった。
彼は4歳の時から二月午の日になると、両親に連れられ伏見へ行っている。
また、稲荷な作家である永井荷風を敬愛しており、
晩年は鎌倉に住んでいたというのも、親近感を持たせる。
エッセイの中に、藤沢の遊行寺が出てきたりする。
地元の人間は彼を知れば、どーしたって贔屓にするだろう。
この稲荷な詩人のことを、文中で紹介するのは元編集長な作家の永薗安浩という人だ。
永薗はこの稲荷な詩人と仕事をした仲で、酒友でもあったようだ。
色川武大と伊集院静の関係に、ちょっと似ている。
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「帰途」
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きていたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血をが流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌から落ちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
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★「言葉なんかおぼえるんじゃなかった ~詩人からの伝言~」
田村隆一(語り)・永薗安浩(文) ちくま文庫 880円+税 2014.11.10.第一刷
P.48~49より抜粋
浅田次郎「月島慕情」を読んで以来、
久しぶりに魂を揺さぶられるような衝撃と心地よい余韻が、この詩にはある。