ひどい雷の晩でした。
空がいつもより早く暗くなったと思ったら、ぴかっと光って、
ごろごろと音を立て、やがて肌にあたると痛いような勢いで雨が降りだしました。
エアコンをつけていても、空気は水を絞れそうなほど湿っていましたし、
電気をためこんでいるような、ぴりぴりとした嫌な気配が漂っていました。
私ですか?
今はけちな酒場の親父です。昔は──。
昔のことはいいでしょう。
これからする話を聞いていただければ、お察しになれると思います。
その夜も、私はバーのカウンターの中に立っていました。
ここじゃありません。
新宿のすみっこにある、小さな店で、ひと晩だけ、バーテンダーをかわったんです。
七時過ぎでしたか。
雷はひっきりなしに鳴っていて、
たてつけの悪い扉のすきまがそのたびに白く光りました。
頭の上の換気扇からは、ざあざあという雨の音が聞こえてきます。
営業中の札はだしていませんでした。
場所も場所ですし、とびこみで入ってくる客はいない、
そう思っていたんです。
扉が不意に開いて、男が入ってきました。
よろめくような足どりで、全身、濡れねずみでした。
ネクタイのないスーツ姿でしたが、元の色がわからないほど水を吸っていました。
男はまっすぐにカウンターのまん中までやってきて腰をおろし、
大きなため息をつきました。
男のすわった椅子の下には、見る見る水たまりができていきます。
「ウイスキーのお湯割りをくれ」
私のことは見ずにいって、男は腕時計をのぞきこみました。
舌打ちをして、
「まだ三十分以上もある」とつぶやきました。
(略)
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文体が「ですます」調だと、もうそれだけで嫌いで読めない。
(渡辺淳一の「失楽園」とか百田尚樹の作品を、なので読んでない)
でもこれは、あるバーテンダーの独白なので、悪い気分はしないで読める。
妙な読み癖がついてしまった。まぁ、そのうちに読むって。
★「鮫島の貌 ~新宿鮫短編集~」
大沢在昌著 光文社 920円+税 2014.1.20.初版1刷
「雷鳴」P.109~110より抜粋
もしも読むのなら、この作品から読むべきだ。
それも、こんな読み方がオモロイ。
(オイラはまた例の如く、遊びながら読んだ)
バーテンダーを村上春樹、
(彼は元々バーテンダーなのだから、不思議ではあるまい)
鮫島を三島由紀夫として役者立てる。
濡れねずみで登場してきたヤクザは、遠藤憲一でどうだろう?
この作品は、ほんとうに、ごくごく短い短編なのだけど、
この場面の後で、ヤクザの生い立ちと現在の状況が会話から覗かれていく。
途中、鮫島が登場して。
最後に、思わずあっと言わせる作りになっている。
しかも、ラストシーンの余韻が素晴らしく、題名もなるほど、これでベストなのだとわかる。
色々なテクニックが凝縮されていて、
これから書き手を目指す人には、とてもイイお手本になると思われる。
少しばかり気に入らない箇所を修正しながら、
出だしから終わりまで通しで、何度でも書き直してみたい作品だ。