翌日、ドロシーとジュディは
ゲイリー・シュワイカートにも秘密を知らせるべきだとアレンに言った。
「とんでもない」
「でも、そうしなければ」ジュディは言った。「あなたを刑務所から救うためには、
他の人たちにも知ってもらわなければならないのよ」
「約束したじゃないですか。同意したはずです」
「わかってるわ」ジュディは言った。「でも、大事なことよ」
「アーサーが駄目だと言ってる」
「アーサーと話をさせて」ドロシーが言った。
アーサーが出てきて、ふたりをにらんだ。
「いいかげんにしてください。考えることがいっぱいあるし、勉強もしなければならない。
こんなふうにしつこく悩まされるのはうんざりです」
「ゲーリーに話す許可が欲しいの」ジュディは言った。
「ぜったいに駄目です。あなたたちふたりに知られているだけでも、まずいんだ」
「あなたを助けるためには必要なのよ」ドロシーが言った。
「助けはいりません。ダニーとデイヴィッドは助けを必要としているかも知れないが、
わたしの知ったことじゃないんです」
「ビリーを生かしておくことは大事なんでしょう?」
アーサーの尊大な態度にかっとなって、ジュディは尋ねた。
「ええ」アーサーは言った。「でも、その代償はどれだけ高いものになるか。
わたしたちは狂ってるとみんなに言われるでしょう。もう手に負えなくなりかけてるんです。
ビリーが学校の屋上から飛び降りようとしたときから、わたしたちはビリーを生かしてるんです」
「どういうことなの?」ドロシーは尋ねた。「どうやってビリーを生かしてるの」
「いつも眠らせておくんです」
「これが審理にどれだけ影響するか、わからないの?」ジュディは訊いた。「刑務所か自由かがきまる
のよ。刑務所の塀の外で、考えたり勉強したりする時間や自由がほしいんじゃない?それともレバノ
ン刑務所へもどりたいの?」
アーサーは脚を組み、ジュディからドロシーへ、またドロシーからジュディへと視線を移した。
「女性と口げんかをしたくありません。この前と同じ条件で認めましょう──つまり、ほかのみん
なの同意が必要だってことです」
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★「24人のビリー・ミリガン 上」
ダニエル・キース著 堀内静子訳 早川書房 900円+税 2010.9.15.二十四刷
P.104~106より抜粋
今、123ページまでの序盤だけ読んだところだ。
ビリー・ミリガンは実在の人物で、連続強姦魔として、さらに多重人格障害者として、
米国の犯罪史上においては有名な男性だ。
米国での初版は、1981年だという。
ダニエル・キースがどんな風に24人の多重人格者を描くのか、興味を持った。
初めの方は、他の人格が現れてくるところを少しばかり詳しく書いて、
あとは北方謙三や「バイオハザード」のように、実にさっぱりしたものだった。
表紙をめくるとすぐに、ビリー・ミリガンの描いたという絵が写真で掲載されている。
その十二枚の絵は、絵を描くのが得意なビリーの内部にいる数人が書き表したもので、
その画風はまったく異なっている。
疑おうと思えば、いくらだって疑える。
この十二枚の絵も、本人が描いたかどうか外部者にはまったくもって不明だ。
同じように、抜粋部に登場するゲイリー・シュワイカートも、
ビリー・ミリガンに疑いを抱く場面が、
そして、その疑いがはかなくも揺らぎ出すという場面が、
ちょうど123ページ部分だ。
ゲイリー・シュワイカートは、ビリー・ミリガンの中にいるという数人に目をつけ、
生まれ変わりの証拠を掴むために、それぞれのゆかりの地を訪ねたいと思いだしている。
最後まで読んでみないことには、
いやいや読み終わったとしても、いろいろな疑念がぬぐえるかどうかわからない。
が、読んでみないわけにはいかない。
PS:神社でオイラに憑いたというあの世の用心棒、
”弁慶”と”ウインダム”の謎を、少しでも解くきっかけをつかめるかも知れない。
特に京都の伏見稲荷大社で憑いた”ウインダム”は、
村上春樹の意識の地下二階にあるという創作の部屋へ、
どうやら出入り自由な眷属らしいという気配が・・・。