(略)たとえば短篇小説の代表作のような、アナトール・フランス「ユダヤの太守」。
ローマに、ピラトという退役した官吏がいて、彼はユダヤの地方官、まあ県知事みたいなことをやっていた。この男が在職中のことを喋りまくる、ぺらぺらと。最後に、そのピラトのところに招かれた客が、「ところで、あなたはナザレびとのイエスという男を処刑したあの方ですね」というようなことを、もう少し婉曲にいう。するとピラトが、「イエス? ナザレの男?」と首をかしげる。客が「御存じでしょう」というと、「覚えていない」というところでパッと終る。そういう短篇です。
これはローマ帝国の地方官の晩年を書くことによって、官僚の気質を書いたともいえるし、歴史に対する皮肉ともいえるし、複雑な味わいがある。三十枚くらいの短篇小説なのに、福音書に出てくるイエス・キリストの事蹟を取り入れているものだから、ものすごく大きくなって、何百枚もの小説みたいな感じになっている。本歌どりという手を使っているといえなくはない。
─ それはすごい例ですね。本歌どりの手法と一見わからないようにして、イエスとキリスト教そのものが向こう側にあるわけですから。
何か既成の文学作品、『ハムレット』とか『アンナ・カレーニナ』とか使って小説を書く、そういう書き方をイギリスの作家は「ハイジャックする」っていうのね。
― なるほどハイジャックか。
これはA・S・パイアットから教わった。対談したとき。
― アナトール・フランスは福音書をハイジャックして短篇小説を書いたわけですね。(略)
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★「文学のレッスン」
丸谷才一著 聞き手・湯川豊 新潮文庫 550円+税 H25.10.1.発行
P.27~28より抜粋、一部改変
この書籍は、非常に勉強になった。
短篇小説、長篇小説、伝記・自伝、歴史、批評、エッセイ、戯曲、詩の八項目にわたって、
丸谷才一による最新知見がふんだんに盛り込まれている。
オイラが書いた処女作について振り返ってみると、
オイラも実はハイジャックしてしまったかも知れない。
そうとってもらえると、処女作の深みが増すことになるのでありがたいが。
深読みしてもらえればもらえるほど、面白みが増して有利な展開が期待できる。
決まってくれ、鵯越の逆落とし。。