「かりに、文学は『純』と『大衆』の区別があるものだ、と、致しましても、
それはたとえば化学に実験と応用があるように、
それぞれの分野において、それぞれの使命を持っているものでありますから、
いずれを高しというべきではないと存じます。
そして、金のため、何の感動もなく、何の野心もなく、
間に合わせの作品を発表するものがあるならば、
『純』と『大衆』の差別なく、文学者として堕落したものである、と、
私は考えるのでありますが、いかがなものでございましょうか。
(略)
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★「回想の芥川・直木賞」
永井龍男著 文春文庫 1982.7.25.第一刷 P.42より抜粋
直木賞第十六回受賞者 田岡典夫氏が小島政二郎氏へ毎日新聞紙上へ送った
「大衆文学は堕落文学か」という公開状の一部より
「abさんご」の黒田夏子氏は、1937年生まれで75歳。
校正員の仕事をしながら長年、作品を暖めて手直しを続けてきたという。
そんな彼女の作品が、あたかも海の底に潜んでいた忍者のごとく、
船上にさっと登場して、
敵国の殿様役であるそうそうたる芥川賞の選者たちをバッサバッサと切り裂いていく。
まだ言い足りない。
椿三十郎を演じる三船敏郎が、仲代達矢の刀が抜ける前にあっという間に切り裂いて、
鯨が潮を吹くように仲代の躰から花火する血しぶき。
そんな感じのする書評が多く、読んでいて実に誠に痛快であった。
最初に読んだときには、何が起きたのかわからないんだ。
でも何度か読み返しているうち、その凄さがじわじわとわかってくる。
そのさまは、ボズ・スキャッグスの「Simone」や壺坂の「月夜のnet」のようである。
中でも「陰と本体」という宮本輝氏の書評に、震えるような感銘を受ける。
そして、高樹のぶ子氏、小川洋子氏、奥泉光氏、堀江敏幸氏、村上龍氏、島田雅彦氏、
彼ら猛者7人もの躰から花火する血しぶきを、オイラはこの眼でみてしまったんだw
それだけじゃない・・・。
山田詠美氏、川上弘美氏は昨年に引き続いて相も変わらずな辛口批評で、
この二人だけは辛うじて斬られずに生き残ったという事実がすんごい。
この二人の作品こそ、改めてやっぱり読んでみたいと思わせる、
そういう強かさに、今度はオイラの方が血しぶきを花火したのであった(爆)
★「文藝春秋 2013.3号 芥川賞発表受賞作全文掲載」
文藝春秋 890円(税込み)
75歳で登場した黒田夏子氏の存在事実は、
昨今の出版業界における新人賞作家の使い捨て事象に対して、
明らかな警告と暗示を発していると思う。
逆からみれば、そこにこそ改善の答えが書いてある。
消えてしまった作家をも復活させることができるような電子の舞台なら、
そうしたことが可能に思える。
「大門、Come Back!」