「昔だけれど、うちの店に3回くらい来てくれてね。
豪快でかなり男っぽい性格をした女性なんだけど、直木賞作家なんだ」
親父の代から行きつけなスナック・カスタムのマスターがそう言うので、
ネットで検索してみたが、
それらしい名前は出てこなかった。
嘘をつくような男ではないので、
賞の名前を勘違いしているのか、事実だったとしても消えてしまった作家なのだろう。
おそらくオイラより年上であろう大門(ダイモン)という元作家に、
どーしても逢ってみたいんだ。
作家という稼業の苦行ぶり、やるせなさを知れば知るほど、
消えてしまった作家たちにこそ憧憬と強い愛着を覚える。
彼女たちには、商業用の作品を書くなんてのは無理だったんだ。
というより、そういう行為に荷担する自分を、許せなかったのだと思いたい。
缶詰にされるなんて、真っ平だったんだろう。
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私がまだ独身の頃、夜中の三時に電話がリンと鳴って、
「もしもし、北方だけど。お前いま何してんの?」
「この時間、家にいるんだから仕事してるに決まってるだろ」
「あと何枚だ?」
「あと四十枚だけど」
「オレはあと一週間で二百枚だよ」
「馬鹿じゃねえの、そんなに仕事して」
などとよく話をしたものです。
苦しくてたまらなくて、誰かの声が聞きたくなる。
その相手はやはり同業者なんですね。
そして電話を切ったあと、
「あいつも頑張っているんなら、オレも書くしかねえか」
という気分になれるわけです。
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★「売れる作家の全技術」
大沢在昌著 角川書店 1,500円+税 H24.7.31.初版 P.243より抜粋
消えてしまった作家たちの情熱が、まだ損なわれていないのなら、
復活できるような舞台をこしらえれば・・・。
新人を毎年200人も生み出しておいて、
そのほとんどを失うなんて実に馬鹿げてる。