ハーバード大学構内の落書き

kfjさん
kfjさん
眠りたければ眠りなさい。きっと夢をみるでしょう。しかし、眠気を我慢して勉強すれば夢がかなうはずです。
疲れたら歩くのをやめなさい。しかし、明日は走らねばなりません
-- ハーバード大学構内の落書き

上記は杉村富生氏が講演で述べ,またネット上でも紹介しておられることばである。前段の上手さに加え,後段の苦さがなかなか良い味を出しているように思う。

そう言えば,こういう言葉もある。

> 若いうちに流さなかった汗は,年老いてから涙になる

若い時分に昼間の仕事に精を出さず株で小遣い銭稼ぎを狙ったり,真っ当な勉強もせずにネットでチャラチャラ遊んでばかりいると,ある日慌てふためいて走り出さざるを得ないことになるぞ〜。
(^_^)/
9件のコメントがあります
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kfjさん
> それぞれの人間の特性に合わせたハッピーな付き合い方を模索したほうが、建設的

なるほど,なるほど。そりゃあそうですね。相手に応じてそれぞれに適切な距離や付き合う部分を選びながら。う〜ん,勉強になります。ありがとうございました。m(_._)m


また他者の幸福を喜べることについても,仰る通りだと思います。他者の幸福を逆に妬んで,独り勝手に自ら不幸感を深めていく人もおいでになります。
?(+_+)???  まあどういう家庭教育を受けたのかということと大いに関わりがあるのでしょう。
jojuさん

 石は飛んで来ませんよ^^;

 正論が分からん奴だと罵倒するのでなく、ちょっと話してみて、そういう人種だと思ったら議論は回避しますので。

 そこで、正論が通じるはずだ、繰り返し言えば分かってもらえるはずだ、と頑張ると、むしろ石が飛びまくることになります。

 ネット上はともかく、実生活ではそれは拙いのです。

 それではお互いハッピーになれません。

 

 人間というのは大人になったら変われない、変わらない、と思ったほうが無難で、それぞれの人間の特性に合わせたハッピーな付き合い方を模索したほうが、建設的だと思うのです。

 

 

 

 あと、人生の価値を幸福感の量で計るとしたら、他人の幸福を我がことのように喜べる人間は、そうでない人間よりも幸福感、人生の価値を何倍、何十倍にも膨らませられます。

 

 これはお人好しになれ、ということとはまた違うのですが、、、

 

(補足) 要するに、子供時代のしつけや教育は大事だと言うことです。

 

kfjさん
☆jojuさん

コメント,ありがとうございます。

なかなか,ハッキリとものを仰いますね。どこかから石が飛んでくるかも知れませんよ。でも,仰る通りですね。\(^O^)/


> その違いはハタチ前後でついてしまい

なるほどね,まあ概ねそうなのでしょう。

なお幸福感を高めるというのは,本当に重要で,生来それが得意な方もおいでになるようですが,一般には結構訓練を要するのではというのが私見です。
jojuさん

kfjさんの言っていることは正論だと思います。

 

 でも、悲しいのは世の中には、正論が分かるヒトと、分からないヒトがいるということ。

 で、その違いはハタチ前後でついてしまい、その後に変わることはマレだということ(自分の経験より)。

 

 それを変わらせようとする努力は、大抵無駄骨折りになるので、どちらの人種か見極めて、それに応じた対応をするのが、お互いハッピーである、、で、どちらの人種であれ、経済的にはあまり問題ない、、、というのが私のコメントの主意です。

 

 ちなみに当方は年を取っても働きたい派であり、仕事も投資も遊びもエンジョイしたい派です(こういうことを公言すると、エンジョイさせてやってるのだから給料ダウンでも良いだろう、という輩がいるので、仕事は苦力である、つらい、としかめ面をしております)。

 

 あと、どんなに不幸になっても、ヒトの幸福を我がことのように思うことで、幸福感を高めることは可能ですね(不幸でも幸福感に満たされる聖人の境地です)。 これは、或るお坊さんの受け売り話ですが。

kfjさん
☆みやまな鉄砲長さん

コメント,ありがとうございます。ただ最後の段落内容については,私はいささか見解を異にしています。

真っ当な勉強をすれば報われる確率は確実に高まるし,していない人はかなり惨めなことになっている(例 ろくに勉強もせず株式市場に参入しすっかり持って行かれて退場,チ〜ン)。あるいは健康に留意した生活を送らないまま心筋梗塞で突然倒れて慌てふためく,一方それほどまでには慌てずに済む。このように個人差は相当大きい,と私はみています。


> その後の感じ方はその人たち次第なんでしょうねぇ~

傍目に幸せそうに見えたり,はたまた結構つらそう,そうした差はある程度明らかですが,確かに仰る通り個々の心象風景の奥底までのぞき込むことはかないませんねぇ。

a 不幸そうに見えて,実際本人も不幸だと思っている
b 不幸そうに見えるが,本人は別に不幸だとは思っていない
c 幸福そうに見えるが,本人は別に幸福だとは思っていない
d 幸福そうに見えて,実際本人も幸福だと思っている

a〜dさん,様々な方がおいでになり,できれば d,それが無理ならせめて bであれば,まずまずの及第というところでしょうか?。
こんにちはkfjさん

>上記は杉村富生氏が講演で述べ,またネット上でも紹介しておられることばである。前段の上手さに加え,後段の苦さがなかなか良い味を出しているように思う。

この方、引用が面白いですからねぇ~
ラジオやってたときもよく聞いてました(笑)
ただし、それはちょっと無理があるだろー的な解釈もありますが・・・( ̄ー ̄;

>
若い時分に昼間の仕事に精を出さず株で小遣い銭稼ぎを狙ったり,真っ当な勉強もせずにネットでチャラチャラ遊んでばかりいると,ある日慌てふためいて走り出さざるを得ないことになるぞ〜。

仕事ばかりやってても小遣い程度にしか稼げない、
真っ当な勉強をしても報われることはない世の仕組みでも
ある日慌てふためくのは誰でも同じじゃないですかね??(^^ゞ
その後の感じ方はその人たち次第なんでしょうねぇ~
kfjさん
☆島さん,jojuさん

さっそくのコメント,ありがとうございます。こうしたことばの理解,あるいは受けとめ方は人それぞれでいいと思います。何を教訓として引き出すかは,個々人の自由でしかない,からです。

なお,私が

> 若い時分に

と記した意図は,若いときの過ごし方がその後,つまり中高年に残された「その後」よりもさらに長い,倍前後あるいはそれ以上になると推算される「その後」に大きな影響を及ぼすよ,ということです。

ですから,

> そういう道が楽しいと感じるならば、それも良いのかもです。

そういう人生を積極的に選ばれる方は,それはそれで何ら問題はないでしょう。ただし,「高賃金」は叶わずとも「低賃金労働者」にはなれる,というのが多分論議の前提でしょうが。 (^_^)v


jojuさん

 年をとったら、昼間の仕事に精を出さず株で小遣い銭稼ぎを狙ったり,真っ当な勉強もせずにネットでチャラチャラ遊んでばかりいても良い、、、ということなのでしょうか?

 

 株やネットの時間だけでは、時間を持てあますので、やはり、その他の遊び、仕事をしたほうがボケ防止には良いと思う次第。

 

 ちなみに、経済は、投資、生産、消費の三位一体で回ってますから、遊び(消費)も投資も、お仕事(生産活動)同様、立派な社会貢献ですね。

 

 若いウチに遊びほうけることも決して悪ではないです。

 

 遊べるヒトは遊んで社会貢献すれば良く、お金が尽きたら低賃金労働者として社会貢献することが出来ます。

 そういう道が楽しいと感じるならば、それも良いのかもです。

 高賃金労働者になれるヒトは限られているので、何を言わずとも、大方のヒトは、結果的にそういう人生を歩むことになるでしょうし、、。

 

 コメントの落書きは、ハーバードなればこそ意味を持つ落書きかも知れません。

島次郎さん

至言です。私はよい言葉があるとノートに書き留めていて、それがもう13冊になりますが、この言葉も書き留めて、心の糧とします。

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