―日本経済、バブル崩壊からの復活と中国への教訓―
清華大学「産業発展と環境ガバナンス研究センター(CIDEG)」の年次学術会議において、「日本経済の復活と中国への教訓」をテーマに基調報告を行ったが、以下は報告をベースに詳細を説明したものである。前回は日本経済が長期回復軌道に入りつつあるということ、および停滞を長期化させた2要因の分析を行った。
今回は日本の過去と現在の中国には米国のドル垂れ流しに起因する3つの類似性があること、日本と中国には4つの相違点があることを指摘したい。日中の比較分析により両国の第二次世界大戦後の発展と挫折は、共通の事情により繋がっていることが分かる。そうした理解は今後の日中の政策選択と将来展望を考える際には必須であると考える。
(1)大成長時代に入った日本(前回)
(2)日中3つの類似性とその背景……米国債務の垂れ流し(今回)
(3)日中4つの相違点……改革した日本、先送りを続ける中国(今回)
(4)まとめ(今回)
(2)日中の3つの類似性とその背景……米国債務の垂れ流しに起因
日本の過去と現在の中国には3つの顕著な類似性がある。第一の最も大事な類似性は、日中の顕著な経済発展とバブル形成の根本に、米国のドル垂れ流しとその結果としての対外経常黒字の急増があったことである。第二に、日本も中国もこの巨額の余剰資金を国内需要喚起に回すことに失敗し、不動産バブルを引き起こした。第三に、米国は日本と中国が浴したこの国際分業上の優位性を突然奪い去った。日本に対しては日本バッシング、超円高で、中国に対しては関税引き上げ、輸出規制などで。
日中の経済発展とバブルの生成は全く自生的なものではなく、根本は米国主導の国際通貨体制に起因するとの理解が重要である。つまり、1971年のニクソンショックによりドルが金の縛りを脱したことで、米国は対外債務を激増させ、まず日本から、そして最後には中国から巨額の輸入を行った。それは日本や中国の経済発展の原動力となったが、日中において大幅な対外黒字、巨額の余剰資金をもたらした。
ニクソンショックがもたらした米国の巨額債務
ニクソンショックとは、ドル金交換の停止である。基軸通貨ドルは金の裏付けが失われたことで、当初はドル大暴落の懸念が語られた。しかし、ドル散布が大規模に行われたにしては、ドルの価値は下落しなかった。
世界のGDPに対する主要国の経常収支比の推移をみると、米国だけが唯一最大の債務国として一手に対外債務を積み上げてきたことが明瞭である。米国は1980~1990年代には日本の、2005年以降は中国の巨額の対米貿易黒字を指摘し、通貨の割安さを非難したが、自身の赤字削減の努力はなされなかった。これはドル基軸通貨体制の下での変動相場制が、米国の不均衡是正には全く役立たなかったことを物語る。
米覇権の特権、成長通貨の供給=債務の累増
変動相場とは不均衡是正のメカニズムを内包している故にフェアである、と信じられている。貿易赤字国の通貨は安くなることで赤字が減る、黒字国通貨は強くなることで黒字が減る、というメカニズムの正当性を人々は受け入れた。赤字国は通貨安になることで、輸入物価が上昇し輸入が減る、また通貨安で競争力が強まることで輸出が増える、という理屈である(黒字国は逆)。
これを根拠として、米国は為替操作の疑いがある主要貿易相手国を監視し、時には制裁を加えてきた。かつて日本や中国は急激な通貨高を回避するための外貨介入により、米国国債保有を積み上げたが、米国主導の国際世論はそれを為替操作、ダーティフロートと非難した。
しかし、過去40年間の歴史的事実は、この論理は米国だけには適用されてこなかったことを示している。本来であれば大赤字国の米国の通貨ドルは急落し、米国の輸入物価が急騰することで輸入に歯止めがかけられなければならなかったが、ドルの下落は限定的で米国の輸入のブレーキにはならなかった。その結果、米国の経常収支赤字は増加し続け、ニクソンショック後50年を経て、世界には巨額の対米債権と、米国の巨額の対外債務が積み上がった。これこそが米国による世界に対する成長通貨ドルの供給そのものであった。
ドル散布=グローバリゼーションによるアジアの離陸
この米国の対外債務の増加、換言すればドルの散布は世界経済にとって好ましい結果をもたらした。1980~1990年代に日本が対米輸出で経済飛躍を遂げ、1990~2000年代には韓国、台湾、香港などのアジアNIES(新興工業経済地域)が離陸し、2000年代以降は中国経済が高成長を遂げたが、その起点はすべてドルの散布にあったと言える。
中国が世界の製造業生産の4割弱、PC、スマートフォンなどのハイテク製品や、ソーラパネル、電気自動車(EV)などのクリーンエネルギー分野では8~6割という高シェアを獲得するオーバープレゼンスは、まさしくニクソンショックの賜物であった。このドルの垂れ流しシステムこそが、現代のグローバリゼーションの本質と言える。
対外余剰が日中のバブル形成の原因になった
この対外黒字体質の定着、恒常的な貯蓄余剰が日中経済に大きな歪みをもたらした。本来であれば国内需要の増加により対外不均衡が是正されるべきであるのに、短期間での内需拡大は不可能であった。対米黒字の積み上がりが、日本や中国における通貨の過剰発行をもたらし、その後の不動産バブル形成の原因になったことも銘記されるべきであろう。日中の対外経常黒字(対GDP)と家計債務(対GDP)の推移をみると、日本、中国ともに両者の連動性がうかがわれる。
ドル散布は米国人の生活水準を押し上げた
ドル散布は米国国内でも機能した。米国の輸入依存度は1970年代初頭のニクソンショックまでは10%にとどまっていたが、2010年以降8~9割に達している。かつて衣料品もTVも自動車も大半を国内で作り、自給自足体制であった米国経済が、大きく開放化されたのである。
これにより製造業の空洞化が進んだが、それはIT、サービスなど新たな産業と雇用の勃興によりカバーされた。別の観点から見れば、米国製造業の空洞化が、米国での産業構造の高度化を推し進めたともいえる。
誰が大統領になってもドル覇権堅持は必須
米国消費もこれによって増加した。1970年代初頭、米国消費のGDPに対する比率は60%であったが、50年後の2023年にこの比率は68%へと大きく上昇した。安価な輸入品により、米国消費者の実質購買力が押し上げられたことが 寄与している。この対外債務の積み上げを伴う米国経済の成長と生活水準の向上は健康なものか、持続性があるものかが問われるが、それはドル覇権が維持されるかどうかにかかっているだろう。
米国が積み上げた対外純債務は、過去の経常収支赤字額累計で15兆ドル、対外資産負債残高に記録される対外純債務(net international investment Position)では18兆ドルと巨額である。この返済を直ちに迫られればドルは急落し、米国は大インフレに陥る。
しかし、ドル覇権の維持が確かであれば、対米債権はドルという通貨保有であるから、返済を求める必要がなくなる。つまり、米国国民の生活水準を維持するためには、ドル覇権を持続することが必須である、という論理が成り立つ。
(3)日中の4つの相違点……改革した日本、先送りを連発し続ける中国
日本のバブルは帳簿上で完結、中国バブルは過大な実物投資を惹起
一方、日中の経済発展とバブル形成に関して、4つの相違点が指摘される。最も大きな相違点は、日本のバブルは銀行の過剰融資による帳簿上のバブルと不良債権の形成であったが、中国は不動産バブルで高められた購買力で実物資産に巨額の過剰投資をしたこと。中国はこれから設備・インフラ・不動産の稼働率の大幅な低下に直面するかもしれない。
第二の相違点は、日本のバブルはもっぱら国内の過剰貯蓄によって作られたのに対して、中国は巨額の資本流入が国内投資を加速させた点。
第三に、日本も中国も大幅な経常黒字の結果、対外資産が積み上がったが、その運用に大きな違いがある。
第四の最も本質的な相違は、対米態度かもしれない。軍事的に従属している日本は米国に屈服し、米国流のビジネスモデルを受け入れた。中国は米国への対抗を強めているように見受けられる。
以下、それぞれについて見ていこう。まず、第一の相違点について。中国は固定資本形成のGDP比40%超という歴史上例のない投資主導経済を20年にわたって続けてきた。この投資主導経済の実態はコスト先送りによる需要創造である。投資とは会計的には支出し(=需要を創造し)、コストを資産計上によって先送りするという危険を伴う行為である。建設された設備や構築物が有効に活用できないものであれば、不良資産の山を作り続けることになり、非常に大きなリスクを伴う。
固定資産投資による経済成長を続けてこられた背景には、土地の錬金術があった。地方政府が土地利用権を売り、その売却代金が地方政府の収益の4割を占めたことで、地方政府は極めて収入が潤沢になった。そうした潤沢な資金を、インフラ投資やハイテク企業への支援に向けることができた。この成長パターンは、バブルが崩壊し、地方政府による土地利用権売却収入が止まると維持できなくなる。そして、いまその崩壊が実際に始まったのである。
投資とは逆に過去40年間に、個人消費対GDP比は53%から38%へと15%低下し、消費が投資を下回り続けたことも異例である。投資の落ち込みは消費の増加でカバーするしかないが、バブル崩壊と習近平政権の奢侈を非難するイデオロギーは家計の防衛的貯蓄の引き上げに結びつき、一段と経済活力を奪っていくことが想定される。
対外資本流入に依存した中国の成長とバブル形成
第二の相違点は、日本のバブルはもっぱら国内の過剰貯蓄によって作られたのに対して、中国は巨額の資本流入が国内投資を加速させた点である。この結果、中国は直接投資などの対外資本依存が高い。
日本の場合、高度成長期からバブル生成と崩壊の過程で海外からの資金流入は全くなかったのに対して、中国の場合、1992年の南巡講話以降、対内直接投資が急増し、巨額の経常黒字とそれを上回る規模の海外からの資金流入が続いた。GDP比5%超となる外貨余剰時代が25年以上にわたって続き、国内投資の原資となり、さらにはバブル形成に寄与した。
日中の対外バランスシートを比較すると、それぞれの総資産は日本10.1兆ドル、中国9.3兆ドルとほぼ近似しているが、中国の対外直接投資残高は3.5兆ドルと日本の0.35兆ドルの10倍の規模である。
資金流入の急減、外貨不安の予兆
この外貨余剰時代は急変しつつある。2022年以降、海外からの直接投資、証券投資はほぼ停止したが、対外直接投資は増加が続き、資本金融収支は大幅な出超になった。
いまのところ貿易黒字は高水準を維持しているが、中国からの工場の海外移転、米中貿易摩擦により貿易黒字の減少も予想される。バブル崩壊後の日本には起きなかった外貨不足、為替不安が中国では起きる可能性がある。キャピタルフライトのリスクを内包している。
対外資産運用、高リターンの日本、リターンに無頓着の中国
第三に、日本も中国も大幅な経常黒字の結果、対外資産が積み上がったが、その運用に大きな違いがある。
日本の対外資産は、企業投資と米国国債や米国株など証券投資である。中国は詳細は分からないが、新興国支援やインフラ投資などの比重が高いように思われる。それは将来の投資資産からの果実(リターン)の差、回収可能性の差に結びつくかもしれない。
日中の対外バランスシートの資産サイドを比較すると、日本は4割が米国国債、米国株式中心の証券投資によって占められている。一方、中国は直接投資と外貨準備の割合が圧倒的である。より大きな違いは、対外資産の運用先であろう。国際通貨基金(IMF)の直接投資、証券投資サーベイによって2022年末の直接投資対象国を見ると、日本が米国、英国、オランダなど先進国が主体で、後は中国・アセアンなどの製造拠点であるのに対して、中国は圧倒的に新興国の割合が高い。
日本の対外直接投資残高はリーマン・ショック後の超円高以降に急増し、2010年の53兆円が2022年には206兆円へと拡大した。この対外投資が日本企業に巨額の投資収益をもたらしている。日本の貿易収支は2011年以降赤字に転じたが、蓄積した対外資産により一次所得が大きく増加し、全体として大幅な経常黒字が維持されている。日本は経常収支が大幅な黒字国の中で唯一、貿易収支赤字国となっている。
これに対して中国は、日本を上回る巨額の対外投資残高を保有しているが、所得収支は大幅なマイナスになっている。また、中国は所得収支の赤字が拡大する方向にある。
米国に屈服する日本、対抗する中国
第四の最も本質的な相違は、対米態度かもしれない。軍事的に従属している日本は米国に屈服し、米国流のビジネスモデルを受け入れた。この米国への譲歩は、日本における企業のガバナンス改革に帰結し、これからの日本株高、株式資本主義の繁栄を準備しているように見える。他方、中国は米国への対抗を強めているように見受けられる。
(4)まとめ
日本の明るい将来が見えているが、政策の誤りを繰り返すリスク、政策と外部環境で全てが暗転するリスクがある。プライマリー・バランスゼロといった尚早の財政均衡化目標の具体化、ステルス増税、前のめりの金融引き締めが、動き始めた民間経済の好循環を阻害する恐れがある。
一方、中国はバブルが未だ崩壊していない。日本の土地価格は10年間で4倍になった後に80%下落した。この間、不動産関連融資(建設、不動産、ノンバンク3業態向け)は80兆円増加したが、そのほぼすべてが不良債権化した。しかし、中国はまだ人為的にバブルが維持されている。住宅価格の年収比は上海41倍、北京32倍、深?30倍、住宅価格の年間賃料倍率は60~70倍と世界最高水準であることは全く変わっていない。したがって、依然として公式統計上は金融不良債権は発生していない。
中国では事態改善を狙ういくつかの対応策が打ち出されているが、それは適切とはいえじず、持続的効果はあまり望めないだろう。
第一の政策は、過剰投資の継続、対外高競争力分野のEV、クリーンエネルギーでの高投資とそれによる世界市場制覇の狙いである。それは中国を一段と孤立化させる。
第二は、バブル保存、不良債権、過剰投資の隠蔽、究極の問題先送りである。
第三は、弥縫策の連発と経済の恒常的衰弱である。
いまの中国はバブル崩壊から再生した日本の経験に照らし、(A)不良債権処理と金融構造改革、(B)健全な消費振興のための社会保障の充実、財政の役割強化が望まれる場面であろう。
(2024年6月20日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン357号」を転載)
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