―混沌の世界・米国ペシミズムと米経済の突出した強さ―
(1)世界の混沌と高まる米国ペシミズム
世界は混沌の度を強めている。米中対立と中国による台湾侵攻の可能性の高まり、ロシアによるウクライナ侵略、ハマスによるイスラエル攻撃とイスラエルの反撃など、戦後の民主主義、国際法に基づく国際秩序は灰燼に帰しつつある。オバマ政権が米国は世界の警察官の任には堪えられないと言い、トランプ政権は「MAGA(Make America Great Again:アメリカを再び偉大に)」を唱えて同盟軽視を強めた。中国が異例のスピードで軍事増強を進める中で、米国防衛予算は米ソ冷戦末期のレーガン時代の対GDP比7.7%から2022年には3.6%と半減した。
この米国の急速なプレゼンスの低下が世界混沌の最大の理由であることは、論を待たない。また、米国内では中間層の没落と分断、左右の対立、共和・民主両党内での求心力の低下と議会の機能不全化など、2024年大統領選挙を前に、政治の不透明性が高まっている。米国衰弱論はますます力を増している。それはドル価値の低下見通しに結びつく。米国株価の国際比較から見た割高さ、ビットコインやネット上ではやされて急騰するMeme(ミーム)株など一部市場の投機化などから、米国株式バブル崩壊論(ことに日本や欧州では)は根強く存在し、米国悲観論を強めている。それは中国、ロシア、イラン、北朝鮮などの専制国家を増長させ、世界経済の将来展望をも暗くする。
(2)米国経済の突出した強さと金利上昇
米国経済の突出した強さ
このような蔓延する悲観論に対して大きく食い違っているものが、米国経済の突出した強さである。例えば、過去1年余りの間に米連邦準備制度理事会(FRB)はFFレートを合計で5%と過去最速ペースで利上げをしたが、米国経済は全く失速の気配がない。
それどころか国際通貨基金(IMF)による2023年の米国経済見通しは、1年前の1.0%から直近では2.1%へと倍に引き上げられている。欧州経済や中国経済が顕著に減速する中で、米国経済の強さが際立っている。その強さの根底には、米国で進行する新産業革命と企業の稼ぐ力の向上があると考えられる。最大の牽引車はGDPの7割を占める消費である。雇用が堅調で家計の賃金収入が増加し続け、それが消費を押し上げているのである。
雇用は過去の利上げ局面である2000年ITバブル崩壊時や、2008年のリーマン・ショック時とは大きく異なり、情報を除く全産業で力強く増加している。かつてない「消費増⇔雇用増」の好循環が成立しているようである。それを支えているものが、堅調な企業収益、抑制されている労働分配率、増加が続く企業部門のフリーキャッシュフローである。政府による社会保険支援の増額、さらに米国内の半導体産業振興を目指すChips法やIRA(インフレ抑制法)による産業支援など、財政需要の増加も寄与している。
今回の利上げの特異性
米国長期金利が一時5%へと急上昇したことが、市場参加者の懸念要因になっている。物価上昇率が顕著に低下している中での名目金利の急上昇により、実質金利は15年ぶりの高水準に押し上げられた。実質金利の上昇は、株式市場やリスクテイクにとって最大級の懸念要因であり、市場が不安定化するのは当然であろう。
このように引き上げられたFF金利水準に長期金利が後追いする形で上昇し、逆イールド状態がフラット化する現象というのは、1980年のボルカーショック以降初めてのことである。これまでの長短金利のフラット化は、金融引き締めによる景気悪化で短期金利が引き下げられることで実現してきた。この特異な長期金利の上昇は何を意味しているのだろうか。ボルカー当時も今回も、中央銀行の狙いがわからなくなった市場が中央銀行のタカ派度の強さに追随する形で、長期金利が上昇したものと考えられよう。どちらの場合も、市場は中央銀行の真意を探しあぐねていたのである。
ただし、ボルカー当時と今回で決定的に異なるのは、インフレの深刻さである。10%超のインフレが2年以上にわたって続いたボルカー時代に対して、今回の消費者物価指数(CPI)の上昇は限定的であった。2022年6月のピーク9.1%から今年の9月は3.7%に急低下した。FRBも注目する平均時給(AHE) は9月は前年比では4.2%だが、3カ月前比では3.3%、前月比では2.5%(いずれも年率換算)と大きく鎮静化している。また、金融市場が織り込んでいる期待インフレ率(名目10年債利回り-物価連動債利回り)は、ここ2年間の物価乱高下にほとんど影響されず、2.5%プラスマイナス0.5%と安定して推移している。
つまり、市場は端からこの間のインフレはサプライチェーンの混乱やウクライナ戦争による一時的なものとみなし続け、それはほぼ正しかったのである。この点で武者リサーチの観測は一貫して正しかった。
米国長期金利上昇が米国潜在成長率の上昇を示唆している可能性
ならば、なぜFRBはそこまで利上げにこだわるのかだが、昨年来の500ベーシスの利上げに実体経済が全く反応しない、その強さがなぜなのか分からないからであろう。FRBは持続可能な中立的金利水準(自然利子率)の見当がつかなくなり、よって「Data Dependent(データ次第)」と手探り状態なのである。パウエル議長が8月のジャクソンホールでのスピーチで「我々は曇り空のもと星を頼りに航海している」と述べたのは、まさしくこのことを指している。
仮に、技術革新とイエレン財務長官が主唱するMSSE(現代サプライサイド経済学)、高圧経済政策により、米国経済の潜在成長率が引き上げられているとすれば、当然、妥当な中立金利は高くなり、金利上昇圧力が強まる。
このように現在の米国長期金利の上昇は、潜在成長率の上昇に裏付けられた良い上昇か、はたまたインフレ圧力や米国財政に対する信認の低下などによる悪い上昇なのか。また、それらは一時的か、持続性があるのか。正解がわからない中で、当局も市場も揺れ動いているのである。
現時点では不確かだが、武者リサーチは敢えて米国長期金利の上昇は良い金利上昇であり、一定の持続性があると考えたい。前述のように、インフレはほぼコントロール下に入ったと言える。また、財政赤字によるドル信認の低下やクラウディングアウト(国債の大量発行などで利子率が上昇し、民間投資が抑制されること)などのネガティブな要因は、現在のドル高進行や、米国民間の潤沢な貯蓄と積極的な米国国債投資(MMFなどを通した)などの現実とは整合的でない。インフレと金利の不確実性は数カ月から半年で消えていくだろう。
となると、限定的ではあっても、利下げが視野に入ってくる。利下げには供給力投資を強めインフレ圧力を引き下げるという側面がある。住宅価格の抑制には、利下げによる住宅供給増加というチャンネルが有効である。また、MSSE理論に基づけば、賃金抑制には利下げが設備投資の増加を通して労働代替・賃金下落圧力を生むというチャンネルにより有効であることが想定される。現在の米国では、過剰供給力が放置された1930年時代の大恐慌時と異なり、新産業革命による生産性の向上(=供給力の増加)が旺盛な需要創造でカバーされるという好循環が起き始めている、と考えられる。
(3)米国ペシミズムを打ち消すドル高時代到来の可能性
米国経済の強さが米国ペシミズムを打ち負かす可能性
米国経済力のこの強さが米国のプレゼンスを押し上げ、世界秩序再構築を成し遂げることができるのか、ここに議論の焦点がある。武者リサーチは、どれほど米国経済は強いのか、その強さが米国主導の世界秩序の再構築に結びつくとしたら、どのような経路が想定されるのかに関して検証していく。それには歴史の回顧が不可欠である。
1971年から始まった第二次戦後体制
第二次戦後体制ともいえる現在の世界経済政治秩序の骨格は、1971年の2つのニクソンショックによって形成された。いまそれが音を立てて崩れつつある。その第一は、米中国交回復である。世界秩序の中に共産中国を招き入れ、世界最大の8億の民(当時)が世界市場経済の一員になったが、米中対決でそれが壁にぶつかった。第二のニクソンショックは、ドル金交換の停止で、以降、米国は貿易赤字を増やし続け、対外債務が膨張した。
ドル過剰からドル不足の時代へ
このドルの垂れ流しシステムが、現代のグローバリゼーションの本質である。ドルの垂れ流しは、米国国民には消費を刺激し続けることで、海外には対米輸出を増加させることで恩恵をもたらした。日本、アジアNIES(新興工業経済地域)、中国の離陸で始まったアジアの時代は、ニクソンショックの賜物であった。しかし、これも限界にぶち当たっている。1970年当時10%だった米国の財輸入依存度が8~9割に達し、もう輸入を増やす余地がなくなった。
他方で、米国のサービス輸出と所得収支黒字が大きく増え始めた。世界経済の最大のブライトスポットはアジアでもグローバルサウスでもなく、サイバー空間である。この急速に発展している知の塊であるサイバー空間、インターネット・AI(人工知能)などの分野において、米国は世界需要をほぼ独占し、その利用料金を釣り上げている。欧州や日本はインターネットプラットフォーマーの独占にペナルティーをかけようとしているが、代替供給者が自国に存在していないのであるから、無駄なあがきである。
となると、米国の経常赤字は減少に転じ、赤字垂れ流しによるドル供給は減速し、ドル不足時代が訪れることになる。また、イノベーションの母国、米国の経済成長率は他国を凌駕し始め、それによる高金利が米国への資金集中を促進し始めた。その結果起きるドル高は、覇権国・米国の財政力を強化し、世界秩序の再構築の推進力となるだろう。世界秩序再構築の鍵は強いドルである、との想定が妥当であるかどうか、今後数回にわたって検証していきたい。
(2023年10月25日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン342号」を転載)
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