・日本の労働生産性は米国の6割以下の水準にある。過去30年間をみても、ずっと低かったが、近年はその差が開いている。就業者一人当たりでも、労働時間(1時間)当たりでも同じ傾向である。
・日本の製造業が元気で輸出競争力が高かった頃は、製造業を中心に生産性が上がっていた。当然、働く社員の賃金も上がっていた。生産性が上がらなければ、賃金も上げにくい。まして、デフレが続いたので、それが当たり前になってしまった。
・気が付くと、日本は賃金が上がらない国、他の国と比べて賃金が相対的に低い国になり下っている。外人観光客からみると、楽しくてサービスが良い上に、物価が安い。おかげで、インバウンドは再び活況になりつつある。日本のサービス産業の生産性は著しく低いことも構造的である。
・生産性は1人当たり付加価値額、時間当たり付加価値額で測るが、人にかかるコストを人件費ではなく、人的資本から測るとすると、人件費の見直しが必要である。
・人的資本は、社員のもっている能力の総和であり、その能力がどのように開発され、活かされ、付加価値創出に結び付いていくかを長い目でみていく。
・通常のバランスシートには載らないが、これを無形の人的資産として捉え、それを人的資本と見定めていく。人的資本は無形の能力であるから、これを金額で捉えるのは容易でない。
・分かり易いのは、企業の1年間の総人件費を資本コストの代理変数とみることもできる。これを3年分、5年分とみなして、人的資本とすることもできよう。
・付加価値は、人件費+償却+金利+営業利益で測ることができる。人件費を下げればその分利益が出るという見方は表面的であり、人材が利益を生み出しているのである。
・とすれば、人的資本を高めて、その能力を引き出し、人件費が増加しても、それ以上に利益を生み出せばよい。つまり、付加価値をいかに高めるかが勝負となる。
・世は人手不足である。人が集まらない産業は衰退する。人材を集められない企業は淘汰されよう。人材を集めるには、面白い仕事ができることをアピールする必要がある。さらに、頑張って成果を上げた社員には、公正に報いていく必要がある。そうでなければその有能な社員は他に移ってしまうであろう。
・本人の能力を高め、それを引き出すには、チーム力、組織力が大事である。同時に、人に対する装備を高める必要がある。1人当たりの労働装置率がカギとなる。IT投資、ロボット投資、働き方投資、スキルアップ投資などが必要である。
・海外の企業では、もっと給料を上げよという株主提案がされた例もある。インセンティブを上げて、競争力の向上に結び付けようという意図である。
・社員の能力をいかに可視化するか。企業価値創造に向けた価値協創ガイダンス(伊藤レポート)でも、その重要性が明示されている。日本はもともと社員を大事にしてきたというが、この30年間をみると、本当にそうであったのか。成果に結び付いていないことは明らかである。
・人的資本であるから、単に年間の人権費ではない。人的資本をコストとして、どのくらいの付加価値を生み出したか。この付加価値が人的資本の使い方次第で伸び縮みする。
・ビジネスモデル(企業価値創造の仕組み)を革新させるために、人材戦略をいかに結び付けているか。人が集まらない、とりあえずやりくりすればよい、という発想では、中期計画がうまくいくはずがない。
・人材のデータベースを軸に、その活用を図る。さらに、人材の独自性を投資家に開示していく姿勢が問われている。投資家は、個人の秘密情報を知りたいわけではない。有能な人材を育てて、活用している仕組みを共有したいのである。
・筆者は、会社のトップやIR部門と面談する時、当然ながらその人のキャリアについて質問する。どのようなビジネスに関わって、能力を発揮してきたか。どんな失敗をしたか。周りにどんな社員、役員がいたか。そういうやり取りの中から、会社の人材戦略の実態を解釈してきた。
・投資をする時の最後の決断は、人に依存する。あの社長なら信頼できる、やりきれると見極めることが大事である。当然、トップ1人の能力は限られている、それを支える人材をよく見ていく。さまざまな施設の現場見学では、現場で働く人々の働き方や機微をみていく。それをトップにフィードバックして確認していく。
・人的資本の活かし方、活かされ方を定性的に判断した上で、人的資本生産性をみていく。実際、ROE = (付加価値/人件費) ×(利益/付加価値)×(人件費/自己資本)に分解してみることも参考になろう。ここで、人件費を1年分ではなく、もっと中期的に3~5年分の人的投資として見ていく。人的資本への投資の成果に大いに注目したい。
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