(3)資産バブルのガス抜きは終わっている
バブル的資産価格は既に調整された、株価の出直り顕著
昨年は、コロナ禍の下での極端な金融緩和が不動産や高級ブランド品、株式などの投機を引き起こしてきたとの批判が高まった。そうした観測にもとづき、金融引き締めが広範なバブル崩壊をもたらすとの警報が多くの専門家から発せられた。
しかし、潤沢な流動性は変わらず、世界的にハイテクと奢侈品や観光など高額消費の需要が依然旺盛である。株価がバブルとの評価があるが、低金利時代が終わっていないとすれば、国債利回りとの比較から見て、株価は決してバブルとは言えないと見る。
米国株式バブル論者が依拠するシラー教授によるCAPEレシオ(インフレ調整後の10年移動平均利益に対する株価倍率)において、同教授がかつて指摘した「25倍を超える水準は持続可能ではなく、必ず下落している」という指標は、今も金科玉条視されている。4月末現在、同レシオは28.9倍なのでバブルだと断定されがちである。
しかし、CAPEレシオが大恐慌時以降で初めて25倍を超えた1996年2月以降、今日までの315カ月のうち、25倍を下回ったのはITバブル崩壊後とリーマン・ショック後の合計104カ月だけであり、全体の67%が25倍を上回っている。「バブルが常態化」しているわけである。
株式が金融資産であり、金融資産の価値を計る物差しが長期金利(10年国債利回り)であるとすれば、金利低下が妥当なPERを引き上げることは論を待たない。歴史的事実は、長期金利15%の時の益回りは15%(1980~1981年)だったのであり、長期金利が大きく低下した1995年以降、PERが上昇するのは当然、高PERが新常態とみるべきであろう。予想益回り(予想利益/株価)=10年国債利回りという1980年から2000年頃まで続いた相関(FEDモデル)を用いて計算される妥当株価は、10年債利回りを3.6%とすればS&P500指数で6546ポイントとなり、現実の株価は3割強割安という議論が成り立つのである。金利裁定を無視したバブル説は根拠薄弱であることを強調したい。このことは、過去100年間のイールドスプレッド推移からもうかがわれる。
2020年のコロナパンデミック勃発以降、ロビンフッド・マーケッツ
(4)今、有害無益化している金融引き締め、年後半急旋回も
強烈な金融引き締めの副作用が、銀行の連鎖破綻で表面化した。過去40年間で最大の逆イールド(長短金利逆転)で銀行の預貸ビジネスモデルが成り立たなくなっている。
1)伝統的な商業銀行のビジネスモデルは、短期金利で預金を受け入れ、より金利の高い貸し出しや長期債券などで運用することで利ザヤを得るものであるが、急激な利上げにより過去40年間で最大の逆ザヤになっている
2)金利上昇が鈍い預金と高金利のMMFなど市場性商品との格差が顕著になり、スマホを通した急激な預金流出(デジタル・バンク・ラン)が起き資金ショートが顕在化
3)貸付に変わって投資した債券で価格下落、値下がり損が発生
FRBによる預金の全額保護、FRBによる緊急融資(BTFP)、JPモルガン・チェース
インフレ抑制という観点からも利下げが望ましい。先に述べたように、賃上げを抑制するには総需要を抑制するよりは、サプライサイドの混乱を解消すること、イノベーションや投資によって生産性を高め、供給力を増加させることが王道である。サプライサイド強化には利下げが望ましいことは明らかである。
また、現在最大のインフレ要因である住宅コストに関しても、住宅不足が住宅価格・家賃上昇を引き起こしているわけだから、利下げにより住宅供給を増加させることが望ましい。
以上見たように、利上げは有害無益になりつつある。FRBに選択の余地はないだろう。
(5)新産業革命は新次元へ、揺らがぬアニマルスピリット
それにしても、なぜこれほどの金融引き締めにもかかわらず、流動性が潤沢で株価も、経済も深刻な影響を受けていないのか。その理由はもっぱら新産業革命の威力によるところが大きいと言えよう。2つの事情が考えられる。
第一は、企業部門が生み出すキャッシュ創造力が甚大で、恒常的貯蓄余剰が常態化している。第二に、技術進化に対する信頼が揺るがず、投資家のアニマルスピリットは健在である。「ChatGPT」などAIの新しい技術が新次元のイノベーションを引き起こすことに対する自信は強い。エヌビディア
ハイテク企業は巣ごもり需要の一巡、スマホ需要の一巡、過剰に積み上がった在庫調整などで調整場面にある。各社はリストラに乗り出している。しかし、市場はこれらの調整は短期的、循環的なものですぐ終わると考えているようである。
(2023年5月16日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン332号」を転載)
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