―米国経済を覆う「好都合すぎる真実」、偽りなのか?―
今の米国経済をどのように捉えたらいいのだろうか。常識的解釈では説明がつかない、好都合な謎が多発している。労働市場は1年以上にわたる金融引き締め、ハイテク大企業のレイオフ続出にもかかわらず、活況が続いている。さらに不思議なことに、旺盛な労働需給の下で賃金上昇率が低下し始めた。また、金融市場でも1年間で8回、累計4.5%の利上げにもかかわらず、潤沢な投資資金が健在で、新興国株式や米国の低格付けクレジットを押し上げている。何故、このような好都合な事象が頻発しているのか。この謎は一時的なもので、景気悪化が深刻になる過程で消えていくものなのか。それとも持続し、米国経済を支え続けるのか。
(1)労働市場の謎
絶好調の米国労働市場
1月の米国雇用統計は、ほぼすべてのエコノミストにとってサプライズであった。雇用が絶好調で、失業率は3.4%と53年ぶりの水準まで低下した。雇用増加数は51.7万人と予想を大幅に上回り、2022年8月以降の26~35万人台の増加トレンドから加速しているとも見られる強さである。雇用はほぼ全産業にわたって増加(利上げにより住宅着工が落ち込んでいる建設部門でも増加)している。歴史的利上げ、大手ハイテク企業中心にレイオフの発表が相次いでいる中での、この労働市場の好調さは、尋常ではない。
ここ数カ月間のレイオフ発表はざっと挙げただけでも、アルファベット
しかし、企業の求人意欲は強く、利上げにより住宅着工が落ち込んでいる建設部門を始め、ほぼすべてのセクターで雇用が増加している。大企業に押されて雇用が進まなかった中小企業は、このリストラをチャンスと捉えている向きもある。旺盛な消費が広範な雇用機会をもたらすという好循環は損なわれていない。
1990年代前半のBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)革命の時は、機械に置き換えられたホワイトカラーが失業し、労働市場が不振のままのジョブレス・リカバリーが続いた局面があったが、当時とは雲泥の違いがある。
強まる労働者のバーゲニング・パワー、だが賃金上昇は減速
労働者のバーゲニング・パワーは健在である。自発的離職者は高水準。企業、特に中小企業の求人未充足率は高水準で、高給を求めての労働者のJob hopping(ジョブホッピング) が旺盛である。
こうした労働需給ひっ迫の下で賃金上昇率が減速、格差が縮小していることも、常識に反している。1月のAHE(平均時給)は前月比0.3%増と昨年1月の0.7%増から半減している。コロナ禍の下での異常な労働需給ひっ迫が引き起こした、トラック運転手やウェイター、ウェイトレスなど接客業での人手不足は緩和に向かい、非熟練、低賃金分野の賃金上昇率は鈍り始めている。また、高給セクターの金融や情報部門での雇用の伸びが低いことも、全体の賃金水準の伸びを引き下げている。
1月の週平均労働時間は34.7時間と、過去半年のレンジ(34.4~34.6時間)を上回った。雇用数の増加と労働時間の相乗効果により、1月の生産活動は大きく増加していると示唆される。他方で雇用コスト指数は低下している。生産性の伸びと賃金上昇率の低下が進行する、まさに出来すぎの労働市場であるが、何故こんなことが起きているのか。
NAIRUの低下が起きている可能性
明らかに労働市場が弾力的に動き、資源配分を采配していると言えよう。より具体的には、NAIRU(インフレを加速させない失業率)が低下している可能性である。労働市場ではインターネットによって求人と求職のマッチングが瞬時にできるようになった。また、よりフェアな労働賃金の決定が可能になっている。スキルアップによるジョブシフトが給与増+生産性上昇を引き起こしているかもしれない。労働者は容易にスキルに合った職を探し当てることができ、平均失業期間は2023年1月は9.1週と、コロナ前2019年の9.3週を下回っている。NAIRUが低下しているとすれば、それは労働力供給余力を意味し、生産増加の一方で賃金が抑制される環境にあるのかもしれない。
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