アベノミクスは格差拡大の元凶?

著者:矢口 新
投稿:2014/12/08 11:15

私は、円安が続けば、雇用市場の改善や、地方再生を通じて、所得格差の是正に期待が持てるようになると見ている。

・アベノミクスで、地方経済は回復しつつある

ドル円が121円台に上昇した。あまりの円安のスピードに、食品、資源の高騰や、円安倒産に対する懸念が高まっている。しかし、ほんの2、3年前までの日本が円高デフレ、円高倒産に苦しみ、日本を代表する企業のほとんどが、国際競争力をなくしていたことを鑑みると、私は円安デメリットよりも、円安メリットの方がはるかに大きいと考えている。

では、円安は輸出大企業にやさしく、内需関連や中小企業には厳しいのだろうか?

仮に、円安トレンドが続くとして、最も考えやすい対策は、これまでの海外調達、海外消費から、国内調達、国内消費への転換に対する対応だ。また、国産品に対する国内外需への対応だ。つまり、これまで海外に逃げていた資金が国内に帰り、新に海外の資金が入ってくる。これは割高から割安への資金の流れで、水の流れの如く自然なものなのだ。内需関連や国内中小企業の受注が増え、雇用や地方再生に大きなプラスだ。私は円安で国内産業が広く復活するとみている。
参照:円安対策を急げ!
https://money.minkabu.jp/47500

日経BPオンラインに、興味深いコラムが載ったのでご紹介する。

(以下、抜粋引用)
今回着目したデータは、アベノミクスのもとでの景気回復の効果は地方にも波及しており、地域間格差はむしろ縮小傾向にあることを示唆するものでした。

有効求人倍率から見た高い5県と低い5県の格差は、2007年の約1.2倍から現在0.7倍まで縮小したということが指摘できます。つまり、地域間の格差は依然として残っているものの、その格差はリーマンショック前に比べ、むしろ縮小していることになります。あくまで労働市場という一面的な評価であることは十分踏まえたうえで、「アベノミクスが都市と地方の格差の拡大を助長した」との指摘はこのデータを見る限り裏付けられないと言えます。

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日銀の企業短期経済観測調査(短観)の都道府県別業況判断DIのデータを用いて、同様に、高い地域と低い地域の格差を確認してみます。すると、短観DIで見ても、2007年時点に比べて現在の方が、上位グループと下位グループとの間の格差は小さいとの結果が得られます。

第1の仮説は、2006~07年の景気回復期が「輸出主導」であったのに対し、2013年からの景気は「内需主導」であったことに注目するものです。輸出主導の景気回復は、輸出企業――多くはある程度の大きな企業――や、その関連会社の工場が立地する地域の景気に、集中してプラスの影響を与えるであろうことが容易に想像できます。一方、今回の景気回復局面では、主に株高による資産効果やマインド改善を通じた個人消費の増加が特徴的です。個人消費を通じた需要や支出の増加は、製造業中心の輸出企業群ではなく、小売りやサービス、運輸、不動産といった非製造業に薄く広く効果が波及した可能性が高いと考えられます。

つまり、輸出企業とその関連会社が地域的なクラスターを形成しやすいことから、輸出主導の景気回復では、そうしたクラスターが存在する地域に偏った景気の拡大が見られる一方、非製造業は全国に散在しているため、今回の景気回復局面では、地理的に見て比較的まんべんなく景気が拡大したのが特徴だったのではないか、との仮説です。

第2の仮説は、訪日外国人観光客の増加や旅行支出の拡大の影響に着目するものです。例えば、北海道と沖縄県は、2007年も現在も求人倍率が低い5県に含まれますが、求人倍率の水準自体は2007年に比べ、1.5倍~2倍近く改善しています。両者の共通点の一つとして、全国平均を大きく上回るペースで訪日外国人観光客が増加していることが指摘できます(13年度は、北海道で前年比49.5%増、沖縄で同64.0%増)。増加の背景には、両者の観光面での積極的な取り組みに加え、円安の進行や格安航空会社の就航拡大、東南アジア向けビザの発給要件の緩和なども追い風になった可能性が考えられます。こうした「地方の観光資源による経済成長」が、過去には見られなかったスピードで進んでいることは、大いに注目に値します。

第3に、――この仮説は第1の仮説とやや重複する部分もありますが――、今回の内需主導の回復を支えた要因として、地方で公共投資が増加した影響も無視できません。実際、有効求人倍率を職種別にみると、建設関連の有効求人倍率が2.9倍と、全体を大きく上回っています。東北地方の復興に加え、公共工事が比較的全国に広がったことが背景にあります。
(引用ここまで)
参照:地域間格差は縮小に向かっている
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141128/274390/?n_cid=nbpnbo_mlp

このコラムにあるように、雇用市場は劇的に改善し、内定率も、所得も上向きだ。地方経済にも底入れの兆しが見られるようになった。このコラムにはないが、これらすべての主因を、私は円安に見ている。

円安が続けば、雇用市場の改善や、地方再生を通じて、所得格差の是正に期待が持てるようになると見ている。


・ムーディーズによる日本国債の格下げ

私はアベノミクスを経済的に高く評価している。わざわざ、経済的にと断ったのは、選挙戦に突入したため、他の争点での反安倍政策が、反アベノミクスという形をとっているケースも見られるからだ。他の争点については、それぞれの専門家に委ねたい。

選挙公示の前日12月1日のムーディーズによる日本国債の格下げは、4月の増税を景気悪化の主因としながら、再増税先送りを財政再建のリスクとみなすという、経済的には意味をなさないものだった。

ムーディーズは、日本政府の債務格付けをAa3からA1に、1段階格下げの理由として、

1、消費再増税が延期され、財政赤字削減目標の達成と債務抑制に関する不確実性が高まったこと。

2、消費税率の引き上げの後、GDP成長率は実質、名目とも縮小し、世界金融危機後、3度目の景気後退に入っている。GDPデフレーターも第3四半期にマイナスとなり、10年以上に及んだデフレを終息させることが困難であることを示している。成長戦略、再興戦略はまだ具体性に欠け、経済成長に向けた政策の不確実性およびにデフレ終息に向けての課題が多い。

3、それに伴う中期的な日本国債の利回り上昇リスクの高まりと債務負担能力の低下、を挙げた。

一方で、格付け見通しを安定的とした根拠については、

A、国内投資家が国債に強固な資金基盤を提供する、厚みのある国内債券市場。

B、日本経済の外生的ショックへの脆弱性の低さ。

C、日本政府がどのような課題に直面している状況であれ、日本は極めて高い信用力を維持している、とした。

ムーディーズは日本の経済力を「強い」とし、イベント・リスクに対する感応性は「低い」との見方を示した。また、日銀の量的緩和が続く限り、国債市場にリスクはないと指摘。日銀の量的緩和策はコストより利点のほうが大きいとした。

ネガティブな格付けにつながり得るリスクとして「財政目標達成に向けての軌道を大きく外れた場合」、「経常黒字が恒常的な赤字に転じた場合」などを挙げた。

私は、格下げ理由の1と2とが矛盾していると見ている。つまり、2)消費税率の引き上げの後に景気後退入りしたと、増税の弊害を認めながら、1)再増税が延期されたことを格下げの第一理由としているからだ。

この見方では、ムーディーズは、再増税を行っても何らかの理由で次回は景気回復に繋がるか、あるいは、景気後退になっても税収が増えて財政赤字が減少すると見ていることになる。経済的には珍説だ。

過去の実例では、消費税率引き上げによる税収増は一時的に過ぎず、増税による景気後退により税収はむしろ減少、財政赤字が拡大することが分かっている。

消費増税は2012年3月30日に民主党野田佳彦内閣が提出した法案について三党が修正協議を行い、同年6月21日に、民主党の輿石東幹事長、自民党の石原伸晃幹事長、公明党の井上義久幹事長が、「三党確認書」に署名した。当時の自民党総裁は谷垣禎一氏なので、増税をアベノミクスと結び付けるのは無理がある。

私は当時、次のように書いた。
「消費税率の引き上げも、後ろ向きの努力だ。国が成長しなければ、若者が安心して結婚し子育てする雇用と、所得の伸びが見込めなければ、国家財政は時間の問題で破綻する。野田首相が消費税率引き上げが雇用拡大に繋がると思っているのなら勉強不足だ。雇用を犠牲にしてでも財政再建が優先と考えるなら、大間違いだ。私には、国を貧しくすることに政治生命を賭ける一国の首相の真意が分からない。」
参照:ユーロ周辺国と日本の選択肢+後ろ向きの努力(2012年3月4日)
http://ameblo.jp/dealersweb-inc/entry-11183163183.html

安倍晋三首相が行ったのは、既定路線だった再増税を延期したことだ。

「選挙費用は631億円」とのことで、「景気が悪いから消費増税を先送りしたのに、なぜ巨額の税金を使って選挙をするのか」との意見もある。しかし、安倍内閣は、経済問題だけでも、異次元緩和や多額の公共投資に加え、既定路線だった再増税を延期したのだから、国民の承認を得る必要があったかと思う。

そして、増税はそのことに政治生命を賭けたのが前政権、延期がアベノミクスと認識し、再増税支持なら安倍政権に「X」、延期支持なら「○」と考えていいかと思う。もっとも、他の争点があるだけでなく、安倍政権もいずれは増税しそうではあるが、現状のアベノミクスの評価を「X」、「○」で決めねばならないとすれば、そうなる。

また、これまでの政府は兆円単位の無駄遣い、死に金を使ってきた。選挙費用は一種の公共投資でもあるし、それで少しでも民意を反映できるなら、「選挙費用631億円」は、活きた資金の使い道かと思う。


・極めてリスキーな、日本の財政再建策

2014年度の国の一般会計税収は51兆円台半ばと、消費税率を3%から5%に引き上げた1997年度の53.9兆円以来、17年ぶりの高水準となる見込みとなった。

こう聞いた時の皆様の印象はどういったものだろうか? この事実だけを見れば、消費税率を引き上げた時に税収が最高額となっているので、財政再建にはやはり増税が効果的だと感じるかもしれない。

しかし同じ事実が見方を変えれば、税率を上げた年には税収が増えるものの、以降は税金という名の行政サービスのコストが引き上げられてしまっているので、民間のパワーが減じられ、以前のような税収確保ができなくなっていることが分かる。

日本経済の最大のエンジンはGDPの59%を占める個人消費だ。そのままの状態で100%のパワーが出せるとすると、消費税率3%では97%のパワーに減速させられる。それでもバブル期には1990年の税収が60.1兆円とそれなりのパワーが出せた。その後はバブル崩壊で税収も減るが、94年の51.0兆円を底に税収が増え始め、97年には増税効果もあり、53.9兆円にまで回復する。

しかし、増税は消費コスト引き上げを意味するので、5%への引き上げ以降、個人消費のパワーは95%以上が出せなくなる。その結果、翌年からは景気拡大期だった2007年でも51.0兆円が天井となり、後退期には38.7兆円まで税収が落ち込むことになる。

1985年以降の日本の財政状態は、以下のグラフの通りだ。

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参照:一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/003.htm

そして、5%から8%への増税効果もあって、2014年はようやく51.0兆円を上抜けできたということだ。しかし、増税効果を含めた見通しは50兆円止まりで、上振れの約1.5兆円は景気拡大による所得税や法人税の増収だ。

経済産業省の調べでは、東証1部上場企業の9割、中小・零細企業でも6割超がなんらかの賃上げを実施した。所得税収は9月までの実績で6兆8000億円と前年を6.6%上回るペースで推移している。

法人税も企業業績の改善が続いており、想定を上回る公算が大きい。上場企業の15年3月期は連結経常利益が、金融危機前の08年3月期に記録した過去最高益に迫る見通しだ。もっとも、海外展開する大企業を中心に円安・ドル高で伸びた海外子会社からの配当収入はほとんど課税されないので、企業収益の伸びほど税収が伸びていないとの見方もある。

一方で、行政サービスのコストを8%に引き上げたことより、個人消費のパワーは4月以降92%止まりとなっており、日本経済は即座にリセッション入りした。

10%への増税先送りで、2015年度は1.5兆円分の財源を失うことになるとされている。1.5兆円とは景気回復による上振れ効果とほぼ同じだ。一方で、消費税率を10%に引き上げれば、個人消費のパワーは90%止まりとなる。そこまでパワーを削がれたなら、少なくとも過去の例を参考にするなら、景気後退期の税収の落ち込みは38兆円を大きく割り込んでも不思議ではない。再増税をよくぞ先送りしてくれたものと思う。

過去の例では、消費税率の引き上げは財政再建に役立たないどころか、税収減につながっている。5%から8%への引き上げでも、財政再建の観点から正当化するのは極めて困難だ。


・何かとんでもない変化

私はアベノミクスを経済的に評価しているが、すべてではない。個々の政策というよりは、リスクを取る体質を評価している。異次元の量的緩和や、GPIFの改革、政権内外の反対を押し切っての再増税の先送りなどだ。

長らく続いた円高時代はまた、日本離れの時代だった。円安になれば、農産物を含め、国内調達が増えてくる。円安の程度次第では、メイド・イン・チャイナより、メイド・イン・ジャパンが価格でも安くなり、内需主導になるのだ。また、輸出品が割安になるだけでなく、日本全体が割安となり、海外からの投資や消費も増えてくる。その恩恵は、日本全体が受けることになると見ている。

私が、円安に苦しむ人々がいるのを承知していながら、円安のメリットを強調することをお許し願いたい。実のところ、私は円安以外に日本経済が立ち直る方法はないと見ているのだ。

上の「一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移」をもう一度ご覧頂きたい。日本政府は一般家庭に例えると、500万円の年収なのに、1000万円を使うような生活を続けている。不足分は借金するしかない。過去5年間は1000万円の生活費の半分以上を借金に頼る状態で、債務残高は1億円を超えることになった。自分がそういう立場になったなら、あなたは一体どうやって切り抜けるだろうか?

国民がスポーツ選手だとすれば、政府はいわばマネージャー兼トレーナーといった役割だ。政府の収入は、国民がいかに稼ぐかにかかっている。政府の財政が苦しい時に増税するのは、選手の取り分を削って、マネージャーの取り分を増やすことに等しい。上図を見て頂ければ分かるが、取り分を上げた年にはマネージャーの収入が増えるが、それがピークで、二度と昔のような収入は得られていない。それも通りで、パワーを削がれた選手のパフォーマンスは調子の良い時でさえ、昔のような輝きを取り戻せないからだ。

ここでよく考えて頂きたい。少子高齢化で、ただでさえ選手のパワーは落ちている。それが元気な時には3%の負荷で走らされていたのが、1997年からは5%の負荷に増やされ、2014年には8%に、そして近い将来には10%の負荷をかけられようとしている。税収は絶頂期ですら60兆でしかない。老齢化したパワーに昔の3倍以上の負荷をかけられ、100兆円近くの稼ぎなど出せるのだろうか?

何かとんでもない変化でもない限り、そんなことはファンタジーでしかない。

正統派の答えは1つしかない。小さな政府だ。その点では、安倍政権にも期待薄だ。なぜなら、過去最大の財政規模になっているからだ。上図のように歳出は僅かながらも減っている。予算の使い残しが出ている。にもかかわらず、過去最大の財政規模、かつ増税というのは、大きな政府を狙っているということ以外には説明のしようがない。大きな政府とは、大きな財政で、大きな権限、裁量権を持った政府だ。

大きな資金、大きな権力には、省庁、政治家、圧力団体、企業などが群がり、発言力がないサイレント・マジョリティが損をする。そして、何よりも増税により個人消費という日本経済最大の民間パワーが大きく削がれてしまうのだ。

財政再建の王道は小さな政府だ。政府の役割を政府にしかできないものに限定し、資金と権限を民間に返すことだ。マネージャー兼トレーナーは選手ではないのだ。自分では稼げないのだ。そして、規制は必要最小限に留めるべきだ。

と、これは理想論だ。仮に総論では多くの人が賛同しても、実際に統廃合される省庁や、政治家、公務員、労働組合などが黙っていない。私は、小さな政府に向かうよりも、財政破綻の可能性の方がはるかに高いと見ている。私の現状認識では、そうなる。

では、もう諦めるしかないのだろうか?

ファンタジーをファンタジーでなくする、何かとんでもない変化が円安だ。上図にある過去のトレンドが続くなら日本政府は破滅だ。過去のトレンドにないものが円安トレンドなのだ。

配信元: みんかぶ株式コラム