奄美大島の地方創生とバニラ効果

著者:叶 芳和
投稿:2014/10/22 14:34

安倍首相は「地方創生」を提唱している。良いことを言っている。問題は方法論である。最近、鹿児島県の僻地離島・奄美大島で面白いことが起きている。突如、交流人口が増え、街が賑わいはじめた。60年に亘り、2兆円ものカネを注ぎ込んでも過疎化を止めることはできなかったが、わずか9000万円で逆転劇をみせた。地方創生はカネ(予算)の使い方で成否が決まろう。奄美版地方創生には学ぶべき教訓が多い。

1、60年間、2兆円投入でも過疎化は止まらなかった

 奄美群島は1953年(昭和28年)に、米軍支配から脱し日本復帰した。それ以来、半世紀以上にわたって、「奄美群島振興開発特別措置法」(通称「奄振」)により、地域振興のため、国によって特別に手厚い予算措置が講じられてきた。総事業費は1953~2013年の累計で2兆円を上回る(国費1兆4936億円)。

 毎年の国費だけでも、1990年代は500~600億円/年、2000年代は300~400億円、2012年度293億円、2013年度237億円も投入した。

 半世紀以上に亘って補助金が投入されてきたのであるが、その名称は変遷した。当初は「復興事業」(本土の戦前水準めざす)、次は「振興事業」(本土水準に近づける)、その後「振興開発事業」(国土の均衡発展)、「新振興開発」、「第3次振興開発」、「振興開発」と次々と目的と名称を変えて(実質上は同じもの)、半世紀以上、60年に亘って補助金が投入され、総事業費は2兆円を上回る。

 しかし、奄美群島は過疎化が進み、深刻だ。人口は復帰直後の1955年(昭30年)20万536人から2010年11万8773人に減少した。雇用の場が少ないため若年層は流出し、老齢化が急激に進行している。小中学校の統廃合も枚挙にいとまがない。限界集落が多く、消滅した小集落もある。2兆円もの地域振興予算が投じられたにもかかわらず、奄美の衰退は止められなかった。

 ところが、突然、今年7月から、事態に変化が出てきた。奄美群島の拠点都市、奄美市名瀬地区(旧名瀬市)が賑わい始めた。人の出入りが多くなったのだ。明るいニュースである。
 いつも閑散としている歓楽街は人出が増えた。名瀬の夜の街が賑わいを見せるのは、暮れの忘年会シーズンと、3月の歓送迎会シーズンである。奄美は鹿児島本土から役人、教員、警察官、等々が来るので、転勤シーズン3月の歓送迎の時期は町が賑わう。

 ところが、今年は7月から、突如、人の出入りが増えた。例えは悪いが、まるで季節外れにイナゴの大群が発生したような感じだ。奄美のリーダーたちが急にいい政治をやり始めた訳ではない。奄美の施政が急によくなった訳ではない。突如の活性化はLCC(格安航空会社)の「バニラエア効果」である。

2、バニラエア効果

 全日空系列のLCCバニラエアの成田‐奄美便が7月1日から就航した。これで、観光客が一気に増えたのである。

 奄美への航空便は、従来、東京‐奄美便は日本航空の1社独占であった。そこに、全日空系列のバニラエアが参入し、東京‐奄美の旅客数は倍増した。2倍以上である。

 図1に示すように、東京~奄美大島の航空旅客数は、7月は去年8,543人から今年16,342人、8月は去年9,391人から今年18,590人に増えた(乗降数、奄美空港管理事務所調べ)。増加分はバニラエア(成田~奄美)の乗降客数である。

 バニラエア利用客は、7月9,090人(JAL7,252人)、8月9,862人(JAL8,728人)、9月9,216人(JAL n.a)と、羽田~奄美のJAL便より多い。ちなみに、座席利用率は7月84.2%、8月91.3%、9月85.3%と、非常に高い。奄美空港離発着の定期航空便の平均利用率は7月60%、8月70%であるから、バニラエアの成田~東京便は利用率が15~20%も高い。ほぼ満席であり、ドル箱路線である。

図1 東京~奄美大島便の乗降数(去年と今年の比較)

表1 奄美空港乗降客数       

 注目したいのは、格安運賃のバニラエア就航でも、JAL便は大きな影響を受けなかった。JALの旅客減少はわずかである。確かに、JALの羽田~奄美便の乗降数は、去年に比べ、今年7月15%減、8月7%減と減少したのは事実であるが、じつはバニラが飛ばない大阪(伊丹)~奄美便も、7月8%減、8月8%減であり、羽田~奄美のJAL便の減少はバニラエアの影響だけではないといえよう。

 バニラエアは、奄美への航空旅客の“純増”をもたらしたと言ってよい。“低運賃”が新しい市場を創造したのである。従来、東京~奄美便はJAL独占で、「世界一高い運賃」と言われてきた。そこに、格安航空会社が新規参入し、片道8000円という低料金が出現した。安い運賃が魅力になって、若い人たちを中心に利用客を創出したのである。また、奄美大島が世界自然遺産登録の候補になった話題もプラス要因になっているのかもしれない。

 ちなみに、JALの運賃は、普通運賃51,800円(片道)、特便割引7(7日前割引)33,700円、先得割引A(28日前割引)32,300円である。これに対して、バニラエアは夏期の最安運賃8,000円(冬期最安運賃5,500円)という安さである。この安さが寝ていた潜在的な需要を喚起したのである。需要の価格弾力性は大きい。
 (注、バニラエアの宣伝文句である夏期8,000円、冬期5,500円は、最安運賃額であって、出発曜日によって運賃額は大きく異なる。利用者は注意が必要。実際、例えば10月の最安運賃日は約10日であって、他の日は18,000円や25,000円の曜日もある。「8000円」はスーパーの目玉商品みたいな価格であって、客寄せのための特別な超特価である。商売の常套手段であるが、消費者の立場から言えば、最安運賃の日をもっと増やしてもらいたい。あるいは高額運賃をもっと引き下げてほしいところだ)。

3、奄振予算の使途で奄美は変わる

 バニラエアの新規参入を後押ししたのは「奄振」の補助金だと言われるが、じつは夏期最安運賃8000円には補助金は入っていない。最安8000円は「格安航空」事業だからである。冬期(10月26日~3月末)の5500には補助金が使われている。

 従来、奄振予算は土建事業中心のハード型インフラ整備に使われてきた。それを一部ソフト化し、今年度から航空運賃の補助金として使う。
 平成26年度の奄振予算は総額250億円(国費)である。そのうち230億円は従来型の公共事業費である。このほか、約21億円を「奄美群島振興交付金」として鹿児島県に渡す。この21億円は奄振のソフト予算であり、その中の「世界自然遺産登録に向けた観光キャンペーン」事業としてバニラエア等の航空運賃に補助金が出る。(表2参照)。

表2 奄振予算(平成26年度)

 観光キャンペーン事業は冬期閑散期対策であるため、夏期運賃は補助金の対象にならず、冬期(10月26日~3月末)の運賃の軽減に使われる。最安運賃が8000円から5500円に下がるのはその効果である。一般的な“運賃逓減”には使われていない。(JALにも需要喚起対策の補助金が出るので、冬期は先述の運賃より安くなる)。
(注)「航路・航空路運賃の逓減」の補助金項目(5.8億円)もあるが、これは離島住民(県内路線)及び旅行者(群島間路線)への運賃支援であって、東京~奄美、大阪~奄美路線への補助金には使えない。

 関係者からのヒヤリングによると、バニラエア向けは9千万円、JALグループ向け1.5億円になるようである。計2.4億円である(ただし、国費はその6割、1.4億円である)。バニラエアは冬期の対策があるため就航を決定したと言われる。奄振の9000万円は呼び水効果を持ったと言えよう。

 つまり、250億円のうち、たったの9000万円が奄美を活性化に導いたのである。土建事業中心から、観光産業振興への奄振のソフト化の効果である。奄振のカネの使い方の変化が、明るいニュースをもたらした。奄美の未来に可能性をもたらしたと言えよう。この事実を、補助金を受ける地方の人々はしっかり認識し、肝に銘じるべきであろう。

 一般に、土木事業等のハード型インフラ整備は、全国どこでも、地域振興にあまり役立っていない。その場限りの失業対策事業に終わっている。過疎化を抑制する役割を果たすことができないでいる。奄美の土建事業中心の奄振もそれに近い。ハード型インフラ整備が、持続的な地域振興に役立つものになるためには、補助金事業と地域振興をつなぐ“中間項”が必要である。それは「企業家」である。整備されたインフラを活用して、産業を興す人材こそ必要なのである。

 今回の奄振予算のソフト化は、「バニラエア」という企業の存在があって地域活性化につながった。企業家能力こそ、偉大なのである。

配信元: みんかぶ株式コラム