疑問と推理

著者:矢口 新
投稿:2014/09/09 11:19

推理小説

子供の頃は、推理小説が好きだった。高校生の時に、推理小説的な要素を持つ「罪と罰」を読んでから、ドストエフスキー、ロシア文学にはまっていった。

ディーラーという、会社勤めでいる頃までは、仕事と私生活とのメリハリをつける意味でも、小説をよく読んだ。しかし、自営になると、仕事と私生活との境がなくなってくる。ビジネス書でなくても、新書や、哲学書や、モノの考え方的な読み物が増えた。相場関係は知人が書いた物以外は、あまり読まない。日頃のメリハリは、ジムでスカッシュを続けているくらいだ。

推理小説を最後に読んだのはいつ頃だろうか? 随分、長く読んでいないが、推理は相場でいつも行っている。ニュースに触れる際にも、自然に推理を働かせている。推理のスイッチを入れるのは、疑問だ。あれ? と思うことが、疑問となり、推理を働かせていると、推理小説とはまた違った、興味深い事実に辿り着くのだ。

GPIFの運用資産に占める国内債券の比率

今回の疑問は、GPIFの運用資産に占める国内債券の比率だった。メディアの報道では、株高、円安で、株式資産、外貨資産の比率が上がり、相対的に国内債の比率が下がって、構成目標の下限52%を初めて下回ったとのことだった。国内株式や外貨建て資産の比率も、過去最大とされていた。

ところが、メディアでの報道では、国内債券の比率が53.36%と、51.91%と2つ出ている。えっ、一体、どっちなんだろう? というのが推理の始まりだ。

そこで、GPIFの「平成26年度第1四半期運用状況」を調べてみた。
参照:http://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h26_q1.pdf

ウェブページを開くと、(以下、引用)

○第1四半期の収益率は(期間率)は、国内外の株式の上昇等により、プラス1.77%となりました。
○第1四半期の収益額は、プラス2兆2235億円となりました。
○第1四半期の運用資産額は、127兆2640億円となりました。
○自主運用開始(平成13年度)からの累積収益額は、37兆6650億円となりました。
(引用ここまで)
という、景気の良い報告がなされている。そして、5ページに「3.運用資産額及び資産構成割合」があった。

運用資産における国内債券の構成割合は53.36%、年金積立金全体における国内債券の構成割合では51.91%とでている。確かメディアの報道でも、運用資産と、年金積立金全体という表現が出ていた。私にはその違いが分からない。勉強不足だ。会社勤めの頃は、自社のエコノミストに尋ねたり、他社の物知りファンドマネージャーに電話して聞いたりしていたが、今は、専ら自分で調べている。

メディアの報道で見出し強調されていたのは、「構成目標の下限52%を下回った」ということなので、おそらく年金積立金全体に対する割合51.91%が、より重要なのかと思う。とにかく、積立金全体なのだから。そう思ってよく見ると、年金積立金全体の方には(参考)としての断り書きがあり、「短期資産を基本ポートフォリオにおける割合である5%として、当法人が管理運用している運用資産を基に算出しています。」となっている。

これでもよく分からないが、これによって、構成目標の下限52%を初めて下回ったことになったのだから、余程大事なことだろうと、運用資産額をチェックした。不思議なことに、運用資産額はあるが、年金積立金全体という項目はない。運用資産額は時価総額との断りがあるが、年金積立金にはない。よく数字を見れば、その答えは明らかで、運用資産と、年金積立金全体とは全く同じものだった。勉強になった。

運用資産額127兆2760億円に占める、短期資産2兆9737億円の割合は2.34%。5%ではない。つまり、年金積立金全体の構成割合というのは、もしも短期資産を5%とすればいう仮定の数値で、実際の数値ではない。実際の運用資産の構成割合は53.36%なのだ。どこから見ても、構成目標の下限52%は破られていない。

そのことが分かったので、私の推理はここまでだ。わざわざ2つの数値を出してまで混乱させた意図、「国内債券の比率が構成目標の下限52%を初めて下回った」と、事実とは異なる、仮定の数値の報道をした意図までには及ばない。そこは読者の皆さんが自身で推理して欲しい。

GPIFの運用コスト

小さな嘘は、しばしば大きな事実が潜んでいることを暗示している。(参考)比率を嘘だとまでは言わないが、辻褄が合わないことで、私はわざわざ元の資料を当たった。そこで分かったのが、GPIFの運用コストだ。

細かくは、「みん株」さんのFXコラムに寄稿したので、参照して頂きたい。
参照:GPIF6月末の運用総額は、3月末から6869億円増の、127兆2640億円
http://fx.minkabu.jp/hikaku/fxbeginner/operation-of-gpif/

結論を述べると、GPIFの平成25年度の運用総コストは4兆1089億円。年度末の運用資産額(=年金積立金全体)の3.25%に当たる。

GPIFの自主運用開始(平成13年度)からの累積収益額は、37兆6650億円とあるが、これは収益を単純に積み上げただけで、運用コストは反映されていない。一方、運用資産額(=年金積立金全体)には、毎年の収益額から運用コストを差し引いたものが加減されている。平成13年度からの累積運用コストは、平成25年度を参考にすれば総額54兆6512億円となる。自主運用により、運用資産は16兆9862億円純減したことになる。その理由は明らかだ。

平成13年度以降、国内債券10年国債の利回りは1度も2%を超えていない。直近は0.5%だ。つまり、国内債券での運用はやればやるほど損失が出ていたのだ。

昨年、国内債券での運用はインフレになれば実質損が出るという外部からの指摘に、GPIFは償還まで持ち切れば利益は確保できるとした。その利益とは、今の0.5%クーポンの10年国債を持ち切れば、100兆円投資で5000億円となる。しかし、その運用コストが3兆2500億円なのだ。GPIFはそういった運用を13年以上も行ってきたということだ。

年金特例国債か、年金特例公債か?

年金の赤字を国の借金で穴埋めする「年金特例国債」を調べていて、「年金特例公債」という言葉が出てきた。どちらが正しいのだろうか?

正解は「年金特例公債」。それで財務省の資料である「最近5年間の国債及び借入金並びに政府保証債務現在高の推移」には、公債である「年金特例公債」は出ていない。この一覧表のすべてが国の借金だと信じる人には、「隠れ借金」のような存在となっている。
参照:特例公債法案の修正(年金特例公債)について
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings_pf/material/zaiseidg240926/4.pdf

GPIFの累積収益額は37兆6650億円もある(注:運用コストを除く)が、少子高齢化、及び年金の不払いの増加により、年金は赤字だ。このままでは、年金制度の維持は難しい。それで平成24年度、25年度に「年金特例公債」を発行、赤字を一時穴埋めし、将来の消費税の増収分で元利金の返済に充てるとした。野田政権はこれに自身の政治生命を賭けた。

今年度の増収分は見込み額で約5兆円とされているので、上記の年金運用コスト約4兆円は十分に賄える。しかし、公約の社会保障費に充てる財源としては、ほとんど残っていないので、更なる増税が必要だというのが、安倍政権でも大方の意見のようだ。

原子力損害賠償支援機構国債

1つの疑問は、芋づる式にいろいろな事実を教えてくれる。上記の財務省の資料である「最近5年間の国債及び借入金並びに政府保証債務現在高の推移」には、原子力損害賠償支援機構国債という項目があり、その残高が平成26年3月末の1兆3130億円から、6月末には4兆8559億円に急増している。これでは、消費増税は10%止まりで足りるのだろうか? それにしても、数兆円の響きが軽く感じられるような借金の大きさだ。

消費税率を上げても、景気が後退すればむしろ税収は下がってしまう。年金もエネルギー政策も、後ろ向きばかりの政策では、国民生活が負担増に押し潰されるのは時間の問題かと思う。と思い、下のようなコラムを書いた。ここからは「最近5年間の国債及び借入金並びに政府保証債務現在高の推移」も見られる。

参照:夢のあるエネルギー政策
http://fx.minkabu.jp/hikaku/fxbeginner/energy-policy-of-dreams/

みんなの外為:FXコラム
http://fx.minkabu.jp/hikaku/fxbeginner/author/dealersweb/

配信元: みんかぶ株式コラム