1月上旬、雪に覆われた札幌市の札幌医科大学の敷地内に、平屋建ての施設を訪ねた。一見、何の変哲もない建物だが、中では、ちりがつかない特殊な服を着た研究者が、培養中の細胞を念入りに確かめていた。
同大が3億3000万円を投じて、2010年6月に稼働させた細胞加工・培養施設(CPC)。同大が進める脳梗塞と脊髄損傷を治す臨床試験(治験)に必要な細胞を作製している。部屋は無菌状態に保ち、入室者は肝炎などのウイルス検査を受けなければならない。学長の島本和明さん(67)は「人体に入れる細胞を作っているから、安全には最大限の注意を払っている」と話す。
細胞医療を普及させるためには、病原体の汚染がなく、医薬品として使える安全で良質な細胞を作る技術の確立が最大の課題だ。
13年11月に成立した再生医療安全性確保法は、細胞の培養・加工を、同大のような研究機関や医療施設だけでなく、初めて企業に委託することも認めた。細胞医療を進めるためだが、細胞が外に持ち出されると、細菌やウイルスの混入、取り違えのリスクは高まる。
同年12月には、東京都の国立成育医療研究センターで、1歳の男児に投与するはずの細胞を、4歳の女児に誤って投与した。同一施設内でさえ細胞を取り違える医療事故が発生した。
参入を狙う横浜市のバイオ企業「メディネット」は、年内に自前のCPCを整備する。社長の鈴木邦彦さん(54)は「企業の責任は重くなる」と気を引き締める。
厚生労働省は、細胞を扱う際の安全基準を省令で定める方針だ。培養を行う場所は無菌化し、細胞の混同を防ぐため、識別票で管理することなどが考えられている。経済産業省は、仮に細胞医療を受けて健康を損なった場合も考慮し、患者を救済するための保険制度の創設の検討も始めている。こうしたルールを今秋までにまとめる考えだ。
日本再生医療学会は今年から、「臨床培養士」の認定制度を設け、良質の細胞を作製できるエキスパートの養成に乗り出す。講習会や実技試験で、細胞の培養や凍結、解凍などの技術や知識を問う。同学会理事長で、東京女子医科大教授の岡野光夫さん(64)は「国の制度作りを待つのではなく、専門家集団として基盤を整えたい」と狙いを語る。
これまで対処法がなかった病気を治せる可能性を秘めた細胞医療。課題となる安全の確保について、関係者は慎重に歩みを進めている。