確かに、備えがあれば憂いは軽減される。
しかし、確かな備えに対しては憂いの対象が現れない。
そんな時、その備えとは全く無縁の憂いがやって来る。
本日、テレビを見れば殆んどのチャンネルが金融恐慌と総選挙。
他のニュースが霞むほどの報道である。
解散はいつか?
総選挙の時期はいつか?
アメリカ発金融恐慌は世界恐慌へ!
こんな報道が朝から晩まで流れてる以上
誰もが、そこそこの備えと覚悟は出来ている筈である。
尤も具体的に何をすればという所までは出来ていない。
起こっても当然という認識だ。しかしそれだけで充分。
一方で、解散総選挙はどうか?
選挙に備えて高額家賃を払い、事務所を構えた議員はどうなる?
これぞまさしく
備え過ぎたら、憂いが残った
と言える典型ではあるまいか。