およそ29年前。天安門事件によって国際社会から経済制裁を受けていた中国に対し、日本は救いの手を差し伸べた。そこにはどんな“裏”があったのか知らないけど今回も日本政府が手を差し伸べるのだろう
去年6月4日は天安門事件30周年だった。日本でも盛んに報道されたので、ご存知の方も少なくないだろう。天安門事件とは、1989年春、北京で民主化を求めた学生や市民たちの運動を中国政府が武力弾圧した事件だが、その経緯については報道で知られていると思います。
私としては、毎年のイベントと化した天安門事件関連の報道が一過性で終わってしまうことへの味気なさを感じつつ、同時に、ああ、真実は決して表には出てこないのだという無力感に苛まれてしまう。
「真実」とはなにか。それは天安門事件直後に日本が果たした大きな役割である。
その役割とは西側諸国が経済的制裁をしている時に日本政府はサミットで制裁解除を提案そして、日本政府が率先して解除してそれに西側諸国も続く、そして中国は息を吹き返し現在の世界第二の大国と成った。
もしも、日本政府が経済的制裁解除を提案しないで経済的制裁を続けていたら中国はチベットにも武力介入していないし、中国自体が民主化への道が開けていたのではと思ってしまう。
そして、靖国神社参拝も風見鶏総理が中国からのクーレムで尻尾巻いて引き下がったから現在にも尾を引き続けている。
中国の民主化運動していた若者達や天安門事件での犠牲者は日本政府が取った行動が如何に民主化への道を閉ざした事かと思っているだろう。もしも、日本政府がサミットで提案していなかったら世界地図は変わっていたかも知れない、そして拉致被害者も帰っていたかも知れない
今回もまた日本は世界中が中国からの渡航禁止するなか日本政府はしないだろう
そして日本中がウイルスが蔓延する事だろう
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天安門事件後、日本政府は中国の孤立化の回避を訴え、西側の首脳として初めて海部俊樹首相が訪中するなど、中国の国際社会への復帰を手助けした。中国は現在、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺に連日のように公船を航行させるなど挑発行為を続けているが、当時の為政者はこうした日中関係の姿を、どこまで予測しただろうか。