見たい観たいと思いながら機会がもてなかった映画「トランボ」を、やっと21日に観た。 こういう言い方をしては、ハリウッド関係者に失礼かもしれないけど、ハリウッド映画にしては思想的な出来事を描いてよくできた映画だった。
ソ連との冷戦下にあった1947年、アメリカに吹き荒れていた「赤狩り」(世にいうマッカーシー旋風)の矛先がハリウッドにも向けられてきた頃の実話です。翔年は「赤狩り」は知っていましたが、それがハリウッドにまで及んで、こんなに酷いことになっていたとは露知りませんでした。
今にして思えば、当時のハリウッド映画はほとんどが娯楽作品、対してフランス映画やイタリア映画は社会の矛盾を描いた優秀な映画があったので、レベルが上という認識が若者の間には定着してました。「赤狩り」の所為だったんでしょうね。
閑話休題。
脚本家のダルトン・トランボがその赤狩りの標的にされた。そして「下院非米活動委員会」に呼び出され公聴会で証言を求められた。
「イエス、ノーで答えよ。」
「”イエス”か”ノー”で答えるのはバカか奴隷だ。」
こう言って証言を拒んだトランボは、「議会侮辱罪」という罪を着せられてしまう。そして国家への反逆者のレッテルを貼られてしまい、ブラックリストに載せられた人気脚本家は1950年に投獄されるに至ります。
翌年出所はしたものの、彼の立場は公に活動できなくなってしまっていた。アメリカらしからぬ排除の論議が蔓延っていた。思想信条の自由を大事にする現代の感覚で見れば「無実の罪」をきせられたとしか思えません。映画には描かれていませんが、1952年には、あのチャップリンも同じような嫌疑で米国への再入国を拒否されています。そういう時代だったのです。これはハリウッドの汚点であり、アメリカ史の大汚点でもあります。
このような嫌疑をかけられたのはトランボ一人にとどまらず、最初の標的となった監督と脚本家の10人は特別に「ハリウッドテン」と呼ばれ、理不尽な弾圧によってキャリアを失い、人生を破滅させられていったのです。
「愛国」という言葉で大衆を煽り、「非国民」という言葉をかぶせて他者を排除する息苦しい社会はどの国でも経験していることです。そうなる危険は現代社会にもあるように見えます。
人間関係相関図(クリック2回して最大化すれば、歴史の中で誰がどんな役割を果たしたか、人名が読めます)
面白いことに、この赤狩りをする「非米活動委員会」を支持する立場の映画人として、ジョン・ウェインやロナルド・レーガン(後の大統領)、エリア・カザン(監督)が実名で出てきます。(史実だから、大スターも大統領もしかたないでしょう。)
赤狩りに協力した者、抵抗した者、主義主張を変えた者、仲間を裏切った者、政治に無関心で、金儲けしか目がない男の行為が、結果的にトランボを助けることになる人生の皮肉など、ハリウッドの内幕がビビッドに描かれていて、興味がつきませんでした。
出獄後、愛する妻や子供たちの生活を守るために、いくつもの偽名を使い分けて密かに脚本を書き続け、不屈の戦いを繰り広げたトランボは、ついに「ローマの休日」と「黒い牡牛」で偽名のままオスカー賞をとる。その苦難の過程で、家族愛、家族の絆、夫婦愛、友情など、見どころはたっぷりありますが、それは見てのお楽しみということで…。(笑)
一言付け加えるなら、この映画は被害者と加害者とを単純に区分けして描いていません。これが素晴らしいと思いました。時代の荒波の中で、それぞれが如何に懸命に生きたかを、善悪をこえた視点でみごとに描いており、出色の出来栄えでした。多様な見方を示すことで、見る者の心に生きるための何か大切なものを残してくれたことは間違いありません。
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