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熱い情熱

こんにちは。
今回は大手電子メーカーのキヤノン株式会社についての記事です。
国内外で展開をしている大手電子機器メーカーのキヤノンは、なんと1949年の上場以来、年間での赤字になったことが一度もないそうです。
特にキヤノンのカメラは国内外において評価・シェア率が高く、カメラ業界をけん引する存在となっています。
そのキヤノンは元々、1933年に創立された精機光学研究所が前身となっています。
1930年代前半、カメラ業界はドイツの誇るライカとコンタックスの2大ブランドが、世界のカメラファンを魅了し続ける超高級機として、熱狂的な支持を得ていました。大卒サラリーマンの初任給がおよそ70円といわれた時代にライカの値段は420円。そんな高級品であるライカを分解、研究し、自らカメラを作ろうとした日本人が、後のキヤノンの前身となる精機光学研究所の創始者である吉田五郎(1900~1993年)です。
吉田は妹婿内田三郎(1899~1982年)、内田の元部下前田武男(1909~1975年)らとともに、東京麻布のアパートの一角に精機光学研究所を設立しました。観音菩薩の慈悲にあやかりたいという気持ちから、1934年に完成した国産初の精密小型カメラの試作機を「KWANON」(カンノン)、そのレンズを「KASYAPA」(カシャパ)と命名したそうです。KASYAPAは、釈迦の弟子のひとりである大迦葉(マーハ・カサーパ)に由来しています。

このときできたカメラが国産初の高級カメラであり、このカメラの誕生を機にカメラ業界内外から大きな期待と関心を集め、今のような地位を確立するに至ったというわけです。
そして、1935年に世界で通用するカメラのブランド名として、Canon(キヤノン)が採用されます。Canon(キヤノン)には「聖典」「規範」「標準」という意味を持ち、正確を基本とする精密工業の商標にふさわしいことと、KWANONに発音が似ていることが、この名称を採用した理由とされています。
吉田五郎らのカメラに対する熱い情熱があってこそ今の日本が世界に誇るキヤノンがあったというわけですね。最近ではカメラの高性能化、低価格化が進み、カメラを趣味にしている人も珍しくなくなってきていると思います。是非一度、近くの電気屋さんに足を運び、カメラを手に取ってみて下さい。手に取ることでもしかすると作り手の情熱や苦労がわかるかもしれません。
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