ところが、プロジェクトがある程度進んで成果が出てくると、上司は気を利かせて余計なことをしてくれます。「人手が足りないだろう」と善意で新しい若い人を割り当ててくれるんです。その人が最初から同じ価値観を持っていてくれるか、あるいは人間的にすごく大人で一歩引いてグループの雰囲気を尊重してくれるなら、人出が増えてくれるのは有り難いのですが…そんなことはあるわけもなく、大抵そのままでは折角長い期間かけてグループに醸成された雰囲気に悪影響を与えてしまいます。だから「教育」という過程が必要になってきて、自分のグループの一員としてやっていけるように育てていかなければいけないわけです。
更にプロジェクトが大きくなって成果をどんどん出すようになると、上司は気を利かせてもっと余計なことをしてくれることがあります。そう、上司が直接プロジェクトに口出ししてくるわけです。成果を上司が横取りするのは論外ですが、そういった悪意ではなく、単純に「私の経験や人脈を使えばプロジェクトはもっと成功するだろう」と本気で思っていて、善意でプロジェクトに介入してくるんです。これは本当にアリガタ迷惑、じゃなくて、アリガタくない迷惑で…上司だから教育するわけにもいかず、グループの雰囲気はブチ壊され、モチベーションが損なわれて一人また一人とギブアップし、折角軌道に乗ったプロジェクトが暗礁に乗り上げてしまうこともしばしばとなるわけです。
こういったことは仕事だけではなく、世の中の様々な場面で遭遇します。たとえば、学生時代のサークルは大きくなると空気の読めない変な人たちが入り込んで、それまで培われてきたカルチャーを破壊し、せっかくの居心地の良いサークルの雰囲気を全て台無しにしてくれます。すると悪貨良貨を駆逐して、最終的には空気の読めない人たちだけが残って、サークルは全く別の価値のないモノへと変質してしまうわけです。サークルじゃありませんが、巨大掲示板2ちゃんねるの栄枯盛衰もこれと同じ道をたどって終わりを告げたんじゃないかなあと思います。たとえば「やらない善よりやる偽善」など、時代時代を象徴する言葉を調べてみると、2000年代にはこういった言葉に共感するひとが多かったのに対して…熊本で大きな災害が起こった2016年は、こういった言葉に対しても言葉尻を捕らえて批判する癖のあるひとだらけになっている様です。2000年代と比較して現在は明らかに「人間性の劣化」が見られますが、これは先に述べたサークルの変質と同じ過程を辿ったのではないでしょうか。
新規ビジネスの業界動向にも当てはまります。小さな企業があるビジネスモデルを生み出し、そのビジネスを育てて大きな利益が出るようになってくると、儲けに追随する企業が釣られて雨後の筍のように発生します。それらの企業はまだ最初の企業の成功体験に追随するため、業界全体を大きくするという好影響の方が大きいわけですが…しばらく経つと「空気の読めない企業」が参入してきます。ビジネスモデルにちょっとした、でも致命的なアレンジを加えて、「自分ならもっと儲かるビジネスモデルを考えられる」と言って業界全体を荒らしてしまうわけです。そういった経営者がしばしば「時代の寵児」などと持て囃されるのですが、実際には焼き畑的に業界に寄生し利益を吸い上げるだけなので長続きはせず、過当競争を引き起こして業界全体を破壊してしまいます。一昔前のP2P業界や現在のソーシャルゲーム業界がこの例に当てはまるかもしれません。あるいは企業の商品。初期の理念に共感して購入していた商品が、利益が出るとわかると次第におかしな方向に進んでしまい、瞑想してもはや目も当てられない状況になるなんてことは良くある話で、iPhoneやiPadなどはその最大にして最高にして最低の好例ではないでしょうか。
さて、やっとタイトルの話に戻ってきたわけですが、相場でもこういったことがしばしば起こります。たとえば、景気が良くなって株価が上昇してくると、それまでは株に興味を持ったこともないような人たちまで株の話をするようになります。そうなると相場はおしまいです。ジョゼフ・ケネディが1929年の相場の絶頂期に株を売り抜けたきっかけとしてパット・ボローニャという靴磨きの名を挙げたのは有名ですが、この話の半分はジョセフ・ケネディのジョーク、半分は真理を突いています。そんな人たちが株の取引にどんどん入るようになってきたら株価の値付けはメチャクチャになってしまい、とてもじゃありませんが相場など張れません。これと同じことが起こったのが日本のバブル期です。1980年代も末期になると世に「財テクブーム」などというものが巻き起こり、海江田万里や石井勝利、北浜流一郎といった変なオジサン方の財テク指南書に煽られ、普通の主婦が株を買い始めた頃から大相場は終わりの始まりを迎えたのでした。
1980年代以降、特に現代において、この「空気の読めない相場師」に新しいカタチが生まれました。それがクオンツと呼ばれる人たちの存在と彼らの手によるコンピュータートレーディング、そしてその発展形であるアルゴリズムトレーディングです。アルゴリズムトレーディングについてはマイケル・ルイスの「フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち」に詳しいのですが、この手のコンピュータートレーディングは空気を読んだりといった感情の入り込む余地が非常に小さいため、人間だけが取引する市場よりも相場が極端になってしまうことが知られています。たとえば1987年10月19日のブラックマンデーや1998年のLTCM危機はコンピュータートレーディングが拍車をかけたことが知られています。また近年ではアルゴリズムトレーディングの普及により10億分の1秒単位で売買する「フラッシュトレーディング」あるいは「ナノ秒トレーディング」と呼ばれる空気の読めない手法が取引額の大きい割合を占める様になり、相場はフラッシュ・クラッシュなる急激な大暴落の危険性と常に隣り合わせのまま膨らみ続けています。
ここに、2012年以降に新しい「空気の読めない相場師」が加わったのが今の相場ではないかと衣雲は考えています。それは「ディープラーニングトレーディング」です。2012年にトロント大学のGeoffrey Hintonがディープラーニングを使って画像認識コンペで圧勝して、すぐに相場変動をディープラーニングで予測するという手法が開発されました。Googleさんの発表では「勝率は7割くらい」なんて言ってますが、だったら導入を考えない大人はいないでしょう。それどころか、利益を上げるには単にトレードの回転を増やせばいいだけなので、勝率は51%でも50.1%でも構わないのです。ですので、恐らく2012年以降から現在まで至る相場の不安定性や変動の激しさは、その責任の一端がこの空気の読めない「ディープラーニングトレーディング」にあるのではないかなあと、衣雲は想像しているわけです。
そこから考えると…次に起こる暴落を引き起こすきっかけになるのも、このディープラーニングではないかなと考えるのが自然ではないでしょうか。ディープラーニングという技術は、基本的には大量のデータ(相場なら過去の株価変動データ)と比較するための「特徴抽出」を自動化して正答率を上げるという機械学習手法なので、値動きが過去のクラッシュ時と特徴的にそっくりな状況になりかければそのまま暴落に雪崩れ込むことになります。あるいは、クラッシュが起こった時のデータというのは平時のデータよりも量がすごく乏しいため、実際のクラッシュ時にどういう動作をするか(あるいはどう行動する様な安全機構が組み込まれているか)が読めないという不安もあります。このために、更に問題が深刻化する可能性もある、ということを頭の片隅に置いて相場に向かうべき時代なのではないか、というのが衣雲の本日の意見です。