雪風Xさんのブログ
ブログ
東日本大震災から5年… その3
今日で3月11日金曜日でちょうどあれから5年が経った。
日々生活もどの様な問題があるか体験に基づいてブログに記したい。
まず、唯一行動範囲の広いアイテム、自家用車… 震災直後可動式駐車場などでは車が出庫出来ない状態になるので注意… それとガソリンが深刻だ… これはまともに買えるようになるのに1カ月はかかった。
だいたい1回の給油で20リットルと制限があり外車の方は大変だったようだ…。
出来ればガソリンが半分減った時点で給油したほうがよいと思う。
車と言えば震災当日… ハイブリッド車は非常に重宝したようだ… 効率的に暖房がとれ電源にもなるので携帯でのテレビや充電も可能… 燃費も良いのでこの1カ月は断然の優位性があった。
震災後数日は車での移動は極力気をつけたほうが良い… 道路のアスファルトが断続的に割れて段差があるのでかなりスピードを下げてまたがないとすぐにパンクしてしまう…。
私も一回やらかした。
混乱してる中では大変なので道路事情、補修の有無を確認してから移動に心がけた方がよい。
仙台市は被災してから1ヵ月くらいは交通機関は麻痺した状態だった… 朝から大渋滞… 交通機関は路線バスと一部不通の地下鉄のみ、JRは駅の損壊などしばらくは使えなかった。
移動には自転車という方も多かった。
震災後、次の日からスーパーは手売りで在庫処分… 三日後からはボチボチ品薄状態ながら店舗販売も始まる。
生鮮食料品は1週間くらいは高値でキャベツ1個500円ということもあった。
一番の問題はインフラ… まず水道、電気、都市ガス… 電気は都市部では2日目から徐々に復興、水道も割と復旧が早かったが… それでも家の近所では2週間くらいはかかったか… マンションでは給水が大変でしばらく近くの避難所で生活していた方々もいた。
一番酷かったのは都市ガスだ先の宮城県沖地震の時もそうだったが1ヶ月以上は覚悟したほうがよい… インフラの普及が一番遅い… 食事だけでなくお風呂なども不自由な思いをした方が多かった。
治安… 都市部ではあまり犯罪らしい行動はあまり聞かれなかった。
しかし聞いた話では津波の被害を受けた地域には空き巣や遺体から金を抜くなどの行為があったと聞かれるが… 信憑性のほどは判らない。
しかし、ご近所や町内会などの組織を利用して自警を考えるのも少し考えた方が良いかもしれない。
役人にいくら苦情言ってもすぐ動けるわけではないし… しばらくは自分達でなんとかする… 近い人々とのコミュニティーを保ち、助け合いの精神を醸成したほうがよいと思う。
いろいろ体験したことや聞いた話などではあるが… その震災規模によってはこのような話し以上のことを想定したほうがよい…。
震災準備とは過剰な備蓄では無く… 時々思い出し心掛けるということが大事と思う。
パチンコとかに使われるのは確かに腹立たしい。しかし、我々にとっては実際問題被災されたのは3県位あるわけですからじゃあ被害が大きかった福島の方へ届けますって訳にもいかない訳ですから、行政がちゃんと分配して県にこれを建てましょう。とかあれを建てましょう。このようにちゃんと運営して欲しいものです。
毎年10万義援金に当ててましたが、そのような行政じゃ困ったもんですね。
しかし、マスコミ… あのワイドショーの司会者の義援金早く渡せとか… ああ言うのは要らない… 支援されてる方々に申し訳ないお金の使い方をする。
今後、義援金の渡し方… 使用の仕方… 議論されるべきでしょう。
あの時自衛隊は捜索も大変だっただろうし、そもそも防波堤が崩れた事に私も衝撃を受けてました。実はあの時2011年3月13日は神奈川に居て神奈川もかなり揺れてました。震度5弱位だったのですが、立って歩けなかった位無力でした。
その事を考えると福島や宮城の人達は何も出来なかったんじゃないかと思います。
しかし、どうやら防波堤で津波を遅らせる事は出来たそうですね。逃げ遅れちゃった人も多かったんでしょうから大変だったと思います。
経験者位しか解らない痛みなんでしょうね。
義援金は尊いお金です。
当時マスコミで義援金がすぐ被災者に行き渡らなくて問題になりましたが… 個人的には必要に応じて、時間をかけて渡すのが良いと思います。
自治体も世論がそうなんだからとオーバーな表現ではバラまきに近いことが起きパチ屋にギャンブルに金を使うもの出てくる始末…。
恥知らずな者を少なからず見てきました。
これは震災の闇の部分です… 人の善意を考えずに愚かな行為をする者がいます。
私は冗談でもそんなことを話してるような輩を許せません。
ご存知の方もいるとは思いますがあえて報告します。
我々も実は群馬県とはいえ首都直下型地震ともなれば他人事とは言えません。神奈川には親と妹が居ますので、
だから我々もいつ起きるとも解らない地震に対応していかなければならないので、震災をちゃんと知って学ばなければなりません。
ですから、何か出来ないかと思った時にやはり応援したり、義援金を出したり位しか出来ないんですが、元気を出して頑張りましょう。
ps今年も義援金として10万円国だか県かに少しながら寄付しましたので
現実問題… 私の住んでる仙台市はもう沿岸部を除いては復興はだいぶ終わったと思います。
11日は仙台市荒浜地区… 市内で一番亡くなられた方々多かった場所に行き、手を合わせて参りました。
あの日の自分と決着をつけるためです… あの日、私は精神崩壊寸前でした… 沿岸部にはこの5年一度も足を運びませんでした。
今年ようやく出来ました。
まだまだ、沿岸部の復興は道半ば… 特に三陸沿岸部などはこれからだと思うので… 昔訪れた思い出の地にも、今年は足を運びたいと思います。
では寒暖の差が激しいのでお身体には気をつけて下さい。
まだまだ復興は大変だと思いますが、一歩ずつ一歩ずつ歩んで下さい。
psこんな時はTomorrowでしたっけ?
この曲をお届け致します。
ほ~ら、足元を見てご覧
これが貴方の歩む道
ほ~ら、前を見てご覧
これが貴方の未来♪
皆さん、復興は大変だと思いますが、身体を大事にして頑張って下さい。(;_;)