堅実さんのブログ
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悟り 2月13日(土)14時24分
こんな話がある。昔、百姓が畑で仕事をしていた。目の前に美しい鳥が現れた、とても美しいので、その鳥を捕まえようとした。ところが、鳥は逃げて、近くの木の枝に、とまった。そこで今度はそうっと静かに近づいて、捕まえようとした。また鳥はするりと逃げてしまった。そんな事を何度もしていたが、どうにも鳥は捕まえられない。そうしているうちに、陽が傾き始めた。
それに百姓は、もう疲れてきていた。畑の仕事をしなければならない事を思いつき、鳥を捕まえるのを諦めて、今迄、休んでいた農作業を始めた。今度は、農作業の遅れを取り戻そうと懸命に仕事をした。そうするうちに、百姓は気がついた。あの今まで、逃げていた鳥が、百姓の胸の中にいる。どうした事か。懸命に捕えようといた鳥が、あきらめた途端、向こうから、来たではないか。
そこで百姓は、気がついた。これが悟りと言う鳥か。捕えようとしても逃げて行ってしまう。とても捕えることは出来ないものだ。しかし、捕えようとしないで距離を置き、目の前にある仕事に励んでいれば、その鳥は近くまで来てくれる。そして、自分を励ましてくれる。
何という事か。距離はあるにしても、鳥は近くにいるではないか。そしてこう思った。これが悟りならば、無理して捕えなくても毎日の仕事の中に、今ある、毎日の生活の中に、悟りは近くにいて、見てくれているものだ。
それからは、百姓は、生活は貧しいながらも、畑作業を励んだ。そのおかげで、健康な生活を送る事が出来、平凡ながらも、人生を全うすることができた。これが、悟りを求めた百姓と悟りとの、距離のある関係だ。
株式投資に移ろう。特に無理をせずともよい。少しの利益でよい。しかし、これが、長年の間に、小さな若葉が、数百年の大木になることを、考えながら投資をしよう。一気に利益を得ようとすれば、利益どころか、大損をしてしまう。そこで、大きな利益を求めないで、少しの利益の積み重ねで、よしとしよう。悟り(大金)は無くても、調査と方法を確実にやっていれば、やがては、巨木になることもある。これが、悟りに近い、方法ではないか。
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