神事の忌みによる猶予の間にクリトン、プラトンらによって逃亡・亡命も勧められ、
またソクラテスに同情する者の多かった牢番も彼がいつでも逃げられるよう鉄格子の鍵を開けていた
が、ソクラテスはこれを拒否した。
当時は死刑を命じられても牢番にわずかな額を握らせるだけで脱獄可能だったが、
自身の知への愛(フィロソフィア)と
「単に生きるのではなく、善く生きる」意志を貫き、
票決に反して亡命するという不正を行なうよりも、死と共に殉ずる道を選んだとされる。
アテナイを堕落させた危険思想家
無知の知
ギリシャ 賛成・反対 4:6