元々、人気の無い日記ですが、更に、学ぶという言葉を入れますと、途端に人気が無くなるようです。しかし、そんなことはお構いなしに、あえて、載せます。それは学ぶことは、若くても、老いても大切なことだと考えるからです。
日経新聞の5月30日(土)私の履歴書、川村隆氏29回からです。
「寅次郎サラダ記念日」に出て来る寅さんと甥の満男との会話だ。
「何のために勉強するのかな」という質問に、寅さんはおおよそこんなふうに答える。「生きてりゃいろんな事にぶつかる。そんな時オレみてえに勉強しない奴は、サイコロの出た目で決めるよりしょうがないが、勉強した奴は自分の頭で、筋道を立てて考えることが出来るんだ。」そして最後の言葉です。
「今の若い人にはしっかり基礎を固めて、世界に羽ばたいてほしいと思う。」
(以上です。)
この勉強は、齢老いても、やっておいたほうが、よいだろう。筆者は勉強とはいかないまでも、毎日、1時間は日経新聞を読むようにしている。いや広い意味でこれも勉強の中に入るのだろう。特に「私の履歴書」は下手な人生論より、余程役に立つと思っている。若い人はこの部分だけでも読んでおくと、後々重大事件になった時、決断すべきときに役にたつと思う。そこまでの深刻な事態にならなくても、日々の生活や仕事で参考になる。居酒屋の会話とは、少しまとまった文なので、人生の参考書のように読めば、よいと思う。
ここで、同氏の28回の、「引き際」について載せてみる。
引退を決めた以上、身の引き方は潔くありたい、というのが私の考えだ。日立の社外取締役の3Мの元最高責任者、ジョージ、バックスレーさんは引退したその日以降、一度も3Мに行っていないという。」(以上です。)
大阪市の橋下市長はどうか。引退表明した後の仕事は、その後の引退日、選挙日程を決めるだけで、他はなにもやる必要は無いと考えるが。
例えば、総理が引退表明後は、この日本では2週間以内に、次期総理を選ぶ、そして選挙日程を決め、引退というのが、今までではなかったか。これでは、歯切れが悪いと思う。このことを時々考えているが、住民投票で反対されれば、政界を退くということは、一体何だったのかと思う。12月まで市長をやるという。6月から12月まで7か月間有る。これで政界を引退したと言えるのかという疑問である。