以下は、魔王が世界に降臨して五百年の後、
ドッカノ国に伝わる伝承である。
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昔、この国に聡明な王子がいた。
王子の思慮深さに誰もが驚き、
そしてその優しきその心に多くの者が救われた。
人々は口々に王子を誉めそやし、
そしてこの国の将来に希望を持った。
しかし、事態は一変する。
この地に魔王が現れたのだ。
魔王は、王に迫る。
―― お前の民を皆殺しにされるか、お前の子を差し出すか、どちらかを選べ。
王は拒もうとしたが、
王子は多くの民が救われるのならばと、受け入れた。
―― あぁ、なんたることだ。聡明なる王子よ、我が国の希望よ。
民は嘆き、そして悲しんだ。
しかし、少女が一人、名乗りを上げた。
―― 魔王よ、王子はこの国の未来。私が王子の身代わりとなりましょう。
魔王は少女に問う。
―― お前は何のために身代わりを申し出た。お前には何の利もないだろう。
少女は答える。
―― 利はあります。王子は救われ、この国の人々に明るさが戻るのですから。それが私の望みです。
魔王はさらに問う。
―― ではなぜそれを望む? お前に何も見返りがないにもかかわらず。
少女は答える。
―― 多くの人の喜びが私の喜び。それは人々に対する私の愛。
そして、愛は見返りを求めないものです。
魔王は聞く。
―― 愛とは何か。
少女は説く。
―― 愛とは、大切なものに我が身を捧げること。
愛とは、大切なものに真摯に向き合い受け止めること。
魔王は言う。
―― 我の心は憎しみのみ。そなたの説く愛がわからぬ。
少女は言う。
―― 魔王よ、愛を知らぬ哀しい者よ。ならば私があなたを愛しましょう。
以降、少女は魔王に寄り添い、
やがて魔王は悪事を止めた。
おぉ、勇気ある少女よ、愛の聖女よ。
我らは貴方のもたらした平和を歌おう。
そして我らは語り継ごう、貴方の勇気と愛の物語を。