中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が戦後体制を支えてきた米欧関係を引き裂き始めた。3月12日、英国がAIIBへの加盟を表明し、ドイツ、イタリア、フランスなどがここぞとばかりに追随し、水面下で不参加を呼び掛けたオバマ政権は、外交的大失敗だと批判されている。
中国はいかにしてAIIB参加へと欧州諸国を誘ったか。武力行使においても金融力行使においても、中国は決定的な対決に至る一歩手前で踏みとどまり、いったんはその場を収める。
だがそこにとどまり続けるわけではなく、そこを新たな出発点として、摩擦が少し収まった段階で、またもや歩を進め、再び相手国の堪忍袋の緒が切れる一歩手前で踏みとどまるのだ。
これを繰り返すことで、じわじわと中国の主張は実現されていく。相手国が諦めたり、圧倒されたりすれば、中国はもはや遠慮しない。一気に最終目的達成の行動に出る。
南シナ海の実情がその好例である。中国は、南シナ海沿岸の6カ国(ベトナム、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、フィリピン)との話し合いを続けながら、その一方で島々への物理的支配を強めてきた。
6カ国側が中国の侵略を防ぐために法的拘束力を持つ行動規範の策定を要求すると、個々の国との2国間交渉で援助やインフラ設備の建設など、アメを与え、不満を抑え込んだ。
結果、南シナ海の西沙諸島は完全に中国海軍の巨大基地となり果て、中沙および南沙諸島中、少なくともいま、新たに七島で軍事施設の建設が進行中だ。それ以前にミスチーフ島やジョンソン南礁など複数の島々に軍事施設や滑走路が建設済みだ。
米国の上院軍事委員長、ジョン・マケイン氏ら有力上院議員4人が3月19日、中国は南沙諸島埋め立ての目的を1年以内に達成する見込みだと警告し、米国はその阻止に向けて包括的戦略を策定すべきだと国務省と国防総省に要請した。
だが、あと1年で中国の南シナ海支配をいかにして阻止できるのか。米国の形勢はいかにも悪い。
決定的対立を避けつつ少しずつ目標に近づき、欲するものを手にするという手法はサラミ・スライシングと呼ばれている。少しずつサラミを切り取るように奪い続ける手法が国際金融に使われたのがAIIBではないか。
当初、AIIBに参加を表明したのは、東南アジアとアフリカ諸国だけだった。それがなぜ、米国と「特別な関係」にある英国をはじめG7の主要メンバー国まで加盟したのか。中国が巧みに、G7諸国の不安を取り除く柔軟性を示し、一歩引く姿勢を打ち出したからだ。
G7諸国には、中国がAIIBを恣意的に利用して中国の国益追求に走り、世界の金融制度に混乱や損失をもたらすとの懸念があった。疑念や懸念を緩和するために、中国はAIIBの独裁的運用はしない、拒否権も行使しないと、欧州諸国に確約した。結果、欧州諸国の一斉参加となった。
しかし、中国の「確約」が一体どれほどの意味を持つだろうか。最終的には出資金1000億ドル(12兆円)の半分近くを担う最大出資国、中国の発言権が圧倒的に強くなるのは目に見えている。
だが、欧州諸国は中国に極めて融和的だ。価値観の異なる中国主導の体制に組み込まれることや、戦後の自由経済体制に突き付けられるであろう挑戦や世界秩序の大変革への疑問が欧州には欠落しているのか。欧州諸国はオバマ政権の無策を責めるより、眼前で始まった世界秩序の変革とその脅威にこそ、心を砕かなければならない。
南シナ海がいつの間にか中国に奪われていたというような事態と同質の変化が、国際金融で起きることを、少なくとも日本は阻止すべきであろう。