江戸時代の銭湯は男女混浴が普通だった。若い娘さんは・・・

江戸時代に外国人がびっくり仰天したのが銭湯だったそうな。


当時は江戸では湯屋と呼び関西では風呂屋と言いました。

この銭湯では男女混浴が当たり前で、若い娘も他人の女房も裸を見せておりました。


別に恥ずかしいと言う事もなくそれが当たり前だったのです。


ですから巷話では、「誰それの娘さんはえ~ちちしとった」とか「え~尻やった」とか話題になったそうです。普通に見られる光景だったので悪気もなかったようですよ。


「えっ? うらやましい~。江戸時代に行って見たいって?」^^;


ちょっと風紀に問題ありとして寛政の改革の後は男女別湯になったそうですが、浴槽だけが別で、脱衣所、洗い場は男女の境がなくて見放題でしたとさ。


黒船で有名なアメリカのペリー総督。彼は下田の銭湯が男女混浴であり、なおかつ若い女性も平気で裸になることを知って、驚愕しています。

  

11件のコメントがあります
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jojuさん

事実は少し違う。


 洗い場から浴槽は湯気でモウモウとしてて視界効かず、ほとんど何も見えなかったそう。


 で、その視界不良の中で女子(おばはんや婆を含む)の体に間違って触れようものならいきなり水と罵声を浴びせられたそう。


 若い女子にはおつきの婆がいて、しっかりガードしていたそう。


 男女混浴なんざあ冷や冷やもんでゆっくり入った心地がしねえ、とは江戸時代の銭湯体験がある明治のおじいちゃんの弁。


 余談ですが、昔の盆踊りは徹夜で行われ、男女出会い(混交)の場だったそうです。 

 近年のDisco(古!たまに行った)やClubは現代版盆踊りとも見なせるし、昔の盆踊りは近世版歌垣(古代のDeepな合コン)とも見なせる




狙いを定めた場所に発射できる。女性とて侮れないぞよ。


男性の特許ではないのだ~^^;

りす栗さん
それを見た時に、女性は歳をとると、立ったまま下に向けて足や着物の裾をぬらさずに出来るんだ、って知りました(TT)


農家の便所、いわゆるアサガオを少し大きくしたモノの前で用をたしてる女性と目があった時は困りました。(笑)

ド田舎ではありふれた光景です。^^;


りす栗さん
そうだ。

何もかもが自然だったのに、リンゴを食べてしまったばっかりに、恥ずかしいと思いよってからに、前にイチジクの葉っぱを付けたりなんぞして。

そういえば、旅行で田舎を歩いていて、突然農家から婆さんが出てきて外の溝のあたりで立ったまま着物の裾の間から”じょんじょろりんじょんじょろりん”とおしっこが出てきたのは衝撃だった。

立ちションも日本の文化かな~^^;


田舎では田んぼの中で婆ちゃん達がしてるわ~

夜這も文化でしたからねぇ。
授乳も所構わず。
立ちションも男女とも、農家限定かしらん。

混浴文化は世界的にも日本がダントツでしょうね。


いまでも温泉地に行くと混浴露天風呂がありますよ。


特に良かったのが別府の「別府温泉保養ランド」です。

爺ちゃんが行った時にはエリーちゃんのような金髪外人女性が入って来たよ。


こんにちは。

マレーシアにいる時、知人の女性(中華系)は、
銭湯に入れないと言っていました。
女性同士でも、恥ずかしい人がいるみたいです。
たか○さん
いまだと、10,000はとられますからね。そういうお風呂は。
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