東から吹く柔らかい風が春の訪れを告げています。明日は「啓蟄」。暦上は冬ごもりをしていた虫たちが、大地を覆う春の気を感じ、穴を啓(ひら)いて這い出してくる頃です。
ところで、戦災で焼失してしまう以前、名古屋の熱田神宮の東門には小野道風(おのの みちかぜ・とうふう)の書による「春敲門(しゅんこうもん)」の額が掲げられていました。「春敲」とは春が東方より来りてたたくという意味です。
小野道風は聖徳太子の頃に遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、書道の大御所三人「三跡」の一人に数えられています。
その道風が書道の大家(たいか)となる前の話として次のようなエピソードが伝わっています。
道風が自分の才能のなさに嫌気がさし、書の道をやめてしまおうかと真剣に悩んでいた頃のある雨の日、蛙(かえる)が柳に飛びつこうと、何度も何度も挑戦しているのを見かけます。
初めは不可能なことと蛙をバカにしていましたが、いつしか蛙を応援している道風。その時、偶然に風が起こって柳がしなり、蛙は見事に柳に飛び移ります。
これを見た道風は蛙をバカにした自分を恥じます。一所懸命に努力して偶然を自分のものとした蛙ほどの努力を自分はしていないことに気づき、その後の研鑚を積むきっかけになったと伝わります。
花札で人物が登場する唯一の絵柄「雨(に小野道風)」はこの場面を描いたものです。