第11章(追う)男は来た道を戻り始めた。駅前の交番に行こう。そして、女が落としたこの携帯電話を届ける。それで終わりにしよう・・・この茶番を。最初からそうすれば良かった。最初から交番に届けてれば良かったのだ。そうすれば、時間の無駄もないし何よりも、ここまで体力を失わずに済んだのだ。午後8時を過ぎた。家では妻が待っているだろう。早く帰ろう。その時、男の携帯が鳴った。(俺)待て待て・・今ココで、このタブレットを大地に叩きつけても何の得もない。それどころか器物破損か何かで訴えられるだろう。それは困る。俺は、大地に叩きつける寸前に思いとどまった。もう止めよう。もう終わりにしよう。やる事はやったのだ。これ以上何をすればいい?たとえこのタブレットが男の下に戻らないとしても俺には何の責任もない。落とした男にも・・・それを拾って俺に託した女にも俺を非難する権利など何もないのだ。モノを落とすのはまあいい。たまにある事だ。しかし、耳にイヤホン、あれはイカン。音楽など聴きながら走っていたらモノを落としても何も聞こえないだろう。何よりもまず危ないと思うのだが。音楽に興味のない俺には、そこが全然判らなかった。そういえば、あの女もイヤホンをしていたっけな。誰かに追われてるとか言っていたが、どうなったのだろう。まあいい。俺には何の関係もないことだ。 もう終わりだ、終わり。茶番は終わりだ。駅前の交番に行くぞ。そこで、このタブレットを警官に渡す。道に落ちていたと言えばいいだろう。人から渡された・・などと言うと、また話がややこしくなる。自宅はどうせ、戻った所にある。戻るついでに交番に寄ってやるからありがたく思えよ。縁があれば、このタブレットはお前の元に戻るだろう。そう思いながら再び視線を前に移す。・・すると信号向こうの男がこちらを見ていた。ようやく気付いたようだ。手を振り、俺に何かを訴えかけてるようにも見える馬鹿め、ようやく気付きやがった。何の関係もない俺をここまで走らせやがって・・・そうだ。そうだよ。今俺が手にしてるタブレットはアンタのモノなんだよ。しかし、今さらもう遅い。アンタ・・気が付くのが遅かったんだよ。ここでこのタブレットをお前に返すつもりはない。俺は交番へ行く。交番まで走る。欲しけりゃ、今度はお前が交番まで追って来い!走り出す寸前、後方で激しくクラクションの音が鳴ったが俺はもう振り返る事はなかった。(12章へ続く)第1章はこちら→第1章