(略)
少なくとも自分はこうして生き残ったんだから、そのことに感謝をしていこうと。
恐怖とか心の傷とか、それはもちろんあるけれども、
外に出せといわれても、出しようもありません。
亡くなった方、殉職された方の遺族の皆さんに対して、
私は説明する言葉も見あたらないわけですから。
私はオウムが憎いとも思わないようにしているんです。
それはもう当局の人に任せちゃっています。
私の場合、憎いとかそういう次元はとっくに通り過ぎてしまっているんです。
彼らを憎んだところで、そんなもの何の役にも立ちはしません。
オウムの報道もまず見ません。
そんなもの見たってしかたないんです。
それくらい見なくてもわかります。
そこにある状況を見ても、何も解決しません。
裁判や刑にも興味はありません。
それは裁判官が決めることです。
──見なくてもわかるというのは、具体的にどういうことなんですか?
オウムみたいな人間たちが出てこざるを得なかった社会風土というものを、
私は既に知っていたんです。
日々の業務でお客様と接しているうちに、
それくらいは自然にわかります。
それはモラルの問題です。
駅にいると、人間の負の面、マイナスの面がほんとうによくわかるんです。
たとえば私たちがちりとりとほうきを持って駅の掃除をしていると、
今掃き終えたところにひょいとタバコやごみを捨てる人がいるんです。
自分に与えられた責務を果たすより、
他人の悪いところを見て自己主張する人が多すぎます。
──モラルは年を追うごとに低下しているのですか?
あなたはどう思いますか?
──私(村上)にはよくわかりません。
それじゃ、少し勉強なさった方がいいですね。
でももちろんお客様から与えられるプラスの面もあります。
(略)
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★「アンダーグラウンド」
村上春樹著 講談社文庫 1,038円+税 1999.2.15.第1刷、2013.4.4.第36刷
「この世には悪がはびこりすぎている」という佐藤優の書いた言葉と、
なにやら符合するところがある。
悪に対してぶち切れてしまい、怒って戦いを挑む人が出ると、
巻き沿いになる人が現れてしまう。
この最悪の形が、戦争だったりする。
しかも裏側で、この戦争による金儲けを企んだりする奴らがいたりする。
そういう本心を隠して、
裏の支配者たちは、陰に日向に人心を誘導しようとするから、やっかいだ。
戦う(闘う)という行為は、誠に難しい。
怒りの昇華の仕方も、誠に難しい。
そんな状況の中で、
今の世界(政治)はオカシイだろうと、
ネットや書籍を介して活動している賢人たちの、聡明さを想う。
上に抜粋した語り部や、
オイラの体験した事件を材料にした小説家たちの、心意気を想う。
彼らの多くは、戦後の学生運動に身を投じたか、
あるいはそれとは冷静に距離を置きながらも、
はたまたその当時にはまだ生まれていなかったとしても、
いろいろと思想を巡らせてきた賢人なのだ。
そういう彼らの生きてきた道のりを想像しているうちに、
オイラの魂は揺さぶられていく。