これはほんとうに秘密の話だが、空を飛ぶ猫がいる。
現在、世界中ではっきりとわかっているのは五匹だけだが、
彼らには翼がついている。
ちなみに母親はどんな猫かわかっているが、母親に翼はない。
これは秘密の話であり、多くの人に知られるのはよくないことである。
空飛び猫のことを最初に知った人間である、
ハンクとスーザンの兄妹も、
「私たちのことを絶対に絶対に他の誰にも言わないでおく」
と猫たちに堅く約束している。
「もしみんながこの猫たちを見たら、どんなことになるか──」
と二人は真剣に心配する。
秘密はできる限り人に知らさない方がいいのだ。
ところが、秘密ほど他人に語りたいものはないのだから、困ったことである。
私はこの話を知ったとたんに他人に喋りたくなった。
その上、この秘密を知っている少数の日本人の一人、
村上春樹さんと最近、対談をしたのである。
よく知られているように、村上さんは原則として対談はされない。
しかし、この公開対談はわれわれ臨床心理士の全国大会においてなされた。
村上さんは最近、オウム真理教の事件をはじめ、
突発的な被害を受けた人たちの心の問題に深い関心をもっておられ、
臨床心理士はそのことに関係が深く、
それについての実践や研究をしている、
というので例外的に承知して下さったのである。
対談の打ち合わせのときに、わたしはおずおずと、
「例の猫のことを話してよろしいでしょうか」とお伺いした。
村上さんにしても秘密を守りたい気持ちは強いだろうが、
何しろ、後で述べるように、空飛び猫の話は、
村上さんが関心を持っておられる、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)に
関係する話も出てくるので、いいのではないかと判断したのである。
しかし、村上さんは鋭く厳しい目をわたしに向け首を横に振られた。
わたしは作家の方々とときに対談などさせていただいているが、
誰もが実に繊細で厳しい心の持主で、(以下略)
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★「猫だましい」
河合隼雄著 新潮文庫 438円+税 H14.12.1.発行 H22.9.30.六刷
「空飛び猫 ~秘密の話~」P.68~69より抜粋
ほんとうのニュアンスが伝わりにくい文章になっているが、
その後、結局は「空飛び猫」の話をしているので、
ここでは冗談として著者は語りたかったようだ。
臨床心理士として、物語を深く読み込んで解析していく著者の話を、
わかりやすいように抜粋するには不可能に思われる。
下手に内容を要約しようものなら、間違える可能性が高くなる。
上記のさわりだけ抜粋するのが精いっぱいに思われる。
だがここで興味を引かれるのは、
村上春樹がPTSDに関心を持っていたということだ。
歴史上の大事件などに絡んだ話を書いている文春新書の書籍が、
大量買いした書籍の中にあるのだが、
まだ1ページも開いていない。
オイラにまつわる談合話は特にそうなのだが、
被害者と加害者、これは相反するまさに陰と陽の世界に思える。
どちらも被害者と言えるし、どちらも加害者とも言える。
そんな見方ができてしまうのは、不本意ではあるがまぁ真実なのだ。
こういう難しい問題にどのようにタッチしているのか、
村上春樹の書物に興味津々だ。
そういえば「海辺のカフカ」には、
一部それにまつわるかのような話が、いくつか散りばめられていたのを思い出す。