最後の一騎打ちは、シナリオに「もうこれ以上書けない」というようなことがありましてね、
どういうシーンになるかはわかりませんでした。
前の『用心棒』の殺陣もすごかったですから。
なので、今回も「ああ、凄まじい戦いになるんだろうな」と思いました。
『用心棒』も決着は一瞬でしたから、今回も一瞬の勝負になるとは思っていましたけど、
まさかあれほどの一瞬とは思いませんでした。
それで、黒澤さんから指示を受けて、三船さんは三船さんで殺陣の型を覚えて、
私は私で型を覚えていて、と本番まで互いに別々に稽古をしていました。
私の型はいわゆる居合抜きの方法で、狭いところで敵に襲われた時の斬り方を教わりました。
大きく斬ると周りにぶつかるんで、刀を抜いてから最短距離で振りかぶって、そこからスタンと斬りおろす。これだけをひたすら覚えたんです。一ヶ月、毎日練習していました。
本番は御殿場で撮りましたが、その時、衣装の胸元に管を付けられました。
それを小道具さんが地面に埋めて、さらにその先にはボンベが並んで。
最後に私が斬られることだけはわかっていましたから、このボンベ管を通して血糊がワッと出るんだろうなと、想像はしていました。
本番になって、二十秒くらい対峙してから三船さんは左から刀を抜いて、私は上から振り下ろす。
三船さんは速いから、刀が私の心臓へバッと入る。そして、血糊が吹き出る─その瞬間、
私は後ろに跳ね飛ばされそうになりました。
ボンベを小道具さんがブワーッと回して、斬った瞬間に胸元の管から一挙に物凄い勢いで吹き出したんです。今の私だったら当然倒れているくらいの勢いでした。
・・・(略)
黒澤さんは、これまでの時代劇に不満がありました。
綺麗に舞うように斬る感じがね。
人を斬るのにあんなに綺麗に斬れるかという。
当時の時代劇の所作をもっと生々しいものにしたのは黒澤さんで。
人を斬ったらあれだけの血は出るんだ、虚構でも何でもないんだっていうのが黒澤さんの意見で。
時代劇の面白さは、基本的にはチャンバラにあるんです。
これは世界中見渡したって、時代劇のチャンバラってのは日本独自のものです。
われわれは京都の時代劇専門の俳優さんよりも所作はあんまり気にしないでやりましたけど、
とりあえず刀を差しての歩き方というようなことは徹底的に習いましたし、
刀の抜き方、おさめ方とか、人を斬ること、それから着物の着方ですね。
新劇の出ですから、そういうのをゼロから覚えていきました。
でもテレビの時代になって、それを教えてくれる先生がもうちょっと少なくなったと思うんです。
ですから、これから時代劇がどうなっていくのか心配ではあります。
テレビの時代劇を見ていると、かつて私が黒澤さんからメチャクチャ怒られた「腰が浮いてる形」とかっていうのはもう普通ですから。演出家もそれがダメだということを知らないんでしょう。
(略)
**********************************************
★「仲代達矢が語る日本映画黄金時代」
帯:役者になって60年。80歳を迎えた仲代達矢の激白。
~百年くらいで人間の心はそう変わらない~
春日太一著 仲代達矢語り PHP新書 780円+税
2013.2.1.第一刷第一版 2013.3.5.第一刷第四版 P.72~75より抜粋
略した部分に、このカットを1回でOKにするかどうかの駆け引きが語られていた。
あの名場面の裏側には、こんなことがあったのかと唸らされてしまう。
「椿三十郎」は、黒澤映画の中でも一番好きだ。
小説を書くというのはある意味、総合格闘技だと思うので、
こういった俳優の語る実地話というのは、勉強になるかと。