STAP細胞の論文をめぐる研究不正で、再発防止策などを検討している理研=理化学研究所の委員会は、近く報告書をまとめる見通しです。また、小保方晴子研究ユニットリーダーらに対する処分も検討が進められています。
理研の調査委員会が研究不正があると結論付けたあとも、論文の根幹にかかわるとみられる疑問点、疑義が指摘されています。しかし、そうした疑義について詳しい調査が行われていないのが現状です。再発防止策のとりまとめや処分の決定を前に、いま理研に何が求められるのか、考えてみたいと思います。
イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に掲載されたSTAP細胞の2本の論文をめぐっては、さまざまな疑問点が指摘され、理研の調査委員会が調査を行いました。調査委員会は、指摘された疑問点のうち6項目についてだけ調査を行い、このうち2件について、小保方リーダーに「ねつ造や改ざんにあたる研究不正があった」と結論付けました。
小保方リーダーは6月までにすべての論文の取り下げに同意しました。「STAP細胞がある」という主張は変えていませんが、論文は撤回される見通しになりました。
この問題について、現在、理研が進めている対応は、このようになっています。
2件を不正とした調査委員会の最終報告を受けて、懲戒委員会が関係者の処分を検討しています。また、再発防止策などを検討する改革委員会などを組織しました。
今回の問題の検証や再発防止を進める上で、こうした取り組みが十分機能することが求められますが、どうでしょうか。
疑問を抱かざるをえないという印象があります。
それを考える上で象徴的なのが、調査委員会が不正を認定した後にも指摘されている論文の疑義とそれに対する理研の対応です。
論文では、STAP細胞はマウスの細胞を弱い酸性の液体に浸すことで作成したとしています。
あらゆる組織や臓器になれる万能性をもっているとされました。万能性を持つ細胞にはES細胞などがありますが、STAP細胞は胎盤にもなれるという点が他の細胞にはない大きな特徴です。
新たに指摘されている疑義のうちの一つを見てみます。
STAP細胞を培養してできた細胞の遺伝子のデータベースが公開されています。
これを分析したところ、実験に使われたマウスは、もともとは「F1」というマウスでしたが、培養で得られた細胞は「F1」ではなく、「B6」と「CD1」という別の種類のマウスの細胞だった疑いが強いことがわかったというものです。
なぜか、もとのマウスと違っているのです。
さらに遺伝子の働き方のパターンを調べると、ひとつはその特徴がさまざまな臓器や組織になる
「ES細胞」に似ていたということです。
そして、もう一つは「TS細胞」という胎盤になる能力を持つ細胞と似ていたということです。
研究者の中からは「STAP細胞のような能力を持つ細胞があるのではなく、臓器や組織になれる
ES細胞と、胎盤になれるTS細胞が混ざっていたため、胎盤も含めた万能性をもつ細胞が存在するかのように理解された可能性がある」と指摘する声があがっています。
STAP細胞が存在するのか、しないのかということにもつながる指摘です。
論文の著者のひとりは、4月の記者会見で「ES細胞とTS細胞を混ぜたということでは説明できない現象も起きている」と発言していますが、論文の根幹にかかわる、こうした疑義については、詳しい調査をする必要があると考えます。
しかし、理研は、これまでのところ、詳しい調査はしない方針です。
こうした理研の姿勢については、研究者などから疑問視する意見がでていますが、再発防止策を検討している理研の改革委員会からも、同じような声が聞かれます。改革委員会のメンバーは、理研の外部の有識者たちです。
指摘されている疑義について、あらかじめ理研側から改革委員会に報告はなかったということです。改革委員会は、理研に対して指摘されている疑義を詳しく調査するよう求めました。
しかし、調査しないという理研の考えは変わっていません。
その理由として理研では、論文の著者たちが論文の取り下げに同意していて、ネイチャー側とも取り下げを行う方向で協議を行ってきたことなどをあげています。
しかし、論文の取り下げが、調査を行わないことの理由になるのでしょうか。
そうであるなら、「不正が見つかりそうになったら、論文を取り下げれば調査されなくなる」という皮肉さえ聞かれます。
調査の目的は、論文を取り下げることではなく、不正を明らかにすることにあるのではないでしょうか。
さらに言うと、改革委員会を外部の人たちで構成した理由の中には、理研内部とは違う感覚で十分な改革に臨む必要があるという考えもあったはずです。理研が自分たちの考えと違う改革委員会の意見を聞かないというのであれば、外部の有識者を委員にした意味は、いったい何なのか、疑問を抱かずにはいられません。
論文や研究の問題点の全容が明らかになっていないという状況を踏まえて、もう一度、いま進められている理研の対応を見てみます。
懲戒委員会では、小保方リーダーらの処分が検討されていますが、どの程度の処分にするかいまのままで決めることができるのでしょうか。新たに複数の疑義が出される中で、調査委員会が認定した2件以外に不正はなかったのか。不正がなかったとしても、「十分な調査だった」と受け止められるものでなければ、処分の内容を多くの人が納得することはできないと思います。
そして、改革委員会は、検討を長引かせるのは良くないという判断から、区切りとして、近く報告をまとめることにしています。しかし、新たな疑義など、必要な情報が理研から提供されなかったことに不満を示していて、再発防止策の内容は、十分なものにならない可能性があります。
改革委員会が報告をまとめても、それで終わりにするのではなく、継続的に問題点を検討し、理研の改革を進める仕組みを作ることが必要だと考えます。
いまの段階で、処分や再発防止策の最終的な結論を出したのでは、全容解明を避けているように受け止められても仕方ないのではないでしょうか。
一方、理研では、STAP細胞があるかどうかを調べる「検証チーム」をつくって実験などを進めています。仮にSTAP細胞を作ることができたとしても、疑義が残されたままでは、小保方リーダーが研究の中でSTAP細胞を作っていたと説得力を持って説明するのは難しいように思います。結局、指摘されている疑義について調べることが求められるなど、検証の方法を検討する必要も出てくるのではないでしょうか。
ネイチャーに掲載された論文は、すべて撤回される見通しとなり、研究成果は白紙に戻ることになりますが、今回の問題が日本の科学研究の信頼性を揺るがしている事実が消えることはありません。研究不正は、大学など他の研究機関でも相次いでいて、その再発防止は大きな課題となっています。
日本の代表的な研究機関である理研が、この問題をどう総括して、再発防止につなげるのか、国の内外から注目されています。それだけに、疑義や外部からの指摘などを真摯に受け止め、対策を進めるにあたっては、研究者はもちろん、国民の視点からも納得できるようなプロセスを示すことが求められていると思います。
(中村幸司 解説委員)
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