iru*at*tu*ameさんのブログ
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最近、聞いた話。
私の町は、いまだ復興は進んではいないが泊まれる所は増えて来ている。
国などからの支援金を頂いたのか、自力で再建したのか、新しく事業を始めたのかは
知らないが、近隣の市町村も考えたら泊る所を探すのに苦労を
する事もなくなった。
だから、最近何年ぶりかで会う人達とも話をする。
有る方は、『震災時、親夫婦は避難したが父さんが「ちょっと、忘れ物したんで取って来るから。」
そういって戻って行ったが帰って来なかった。
母さんを、東京に連れて行って暫くしたら「認知症」になり、1日中「父さん、父さん。」と探す様になり、自分達家族で対応出来なくなり施設に入って貰った。』とか
『以前の近所の人と会ったら、「私の父が、買っておいた土地が有ったんで、そこに家を建てて
生活しています。』(どこかの父親とは、偉い違いだ。)とか
『早く自宅を再建したいと思い、「30cm位津波をかぶった土地でも良いから買って、自分で土地に1m盛土してから家を建てよう。」と思って探して見つけた土地が、実際は80cm津波をかぶった土地だった事が分かり、盛土を1m50cmに高くする事にした。』とか
『ショッピングセンターで、同級生に会って手を上げたら無視された。声をかけたら「お前、家流されてないだろ。俺は、津波で家を流されなかった奴とは口を利きたくないんだ。」と言われた。』
とか
「泊ってる旅館に、放送局の人達がいる。この町で、何か撮影をしているんじゃないかなぁ。」とか。
まぁ、泊れる所が増えて来てくれるのは、有りがたい。
こんばんにゃ~
きょうは朝日テレビで、山田町の医療問題を報道していました。
病気なっても、近くに病院がないから救急車で30キロも離れた町まで運んでいくとか・・・
流された病院のお医者さんがびょういんを再建するのに億の借金をしなくてはいけなく、もう50代なのでこれから20年、30年かけてローンを払っていけるだろうか?と苦悩していることとか・・・
復興の予算が、被災者でない人の家を建て直したり、修復するのに使われているのはおかしいです。
それにしても、被災者同士でいがみ合っているとは・・・情けないです。
こんばんは
人の運をねたむのは・・・チョットさもしいですねぇ(ーー;)
大槌町の役場でさえ、解体が今までずれ込んでいます。
全体的に「スローなペース」に慣れてしまっているのでは?
何はともあれ、ちゃんと宿泊出来るのは喜ばしい☆
nyajyaraさん、今日は。
山田町も、県立病院が移転新築して数年後に、大震災で被災しまいた。
私の町もそうですが、入院出来る病院が無い町での生活は大変です。
しかし、私の町の場合、再建、開業を始めた個人病院も何院か有ります。
有る意味、心強い。
被災地の被災者間でも被災の程度に差が有り、「蓄えの有無、地震保険の
加入の有無、受け取った支援金の額の違い」等で
「町民間での不平不満は、溜って来ている。」のだと思います。
それを、「情けない。」とは思いませんが、、、、。
町民の間には、復興計画そのものを廃棄して、
「前の家の有った所に、自己責任で家を建てさせろ。」と言う
意見も有りますが、、、、。
kobuntaさん、今日は。
そう言われた知人は、「火に、油を注ぐタイプ」なんで
「何でよ。俺だって、実家は流されたし、家族も流されたぞ。
俺は、(津波が来ると思って)自分の家を高台に建てたんだ。
お前は、親の土地に家を新築したんだろ。
恨むなら、親を恨め。俺は、関係ねぇよ。」と言い返したそうです。
凄い会話ですが、、、、。
大槌町の旧役場跡は、まだ大震災直後のままです。
新しい役場には、たくさんの職員が働いていますが、中々、、、、。
「UR(都市開発機構)」の職員と話してみても、「私達は、後8年はいます。」
と言っている事から、復興まで後8年はかかりそうです。
もう大震災から、2年10ヵ月過ぎようとしてるのに、、、、。
被災地に数多くの人達に、来て欲しい。
ボランティアじゃなくても、観光客としてでも、、、。