「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」など日本最大級のネット動画サイトを運営するドワンゴが、昨年8月始めた「有料記事」サービスが急成長している。月額数百円を払ってコンテンツを購読する有料登録者数が今年10月で10万人突破。今も増加を続けている。
その名は「ブロマガ」。ブログマガジンの略で、メールマガジン(メルマガ)に似た仕組みである。ブログやメルマガといったテキスト記事に、動画や生放送などを組み合わせて配信できるコンテンツだ。有名人や作家、ミュージシャン、ジャーナリスト、ブロガー、メディアなどの発信者が、それぞれチャンネルを開設し、コンテンツを配信している。ユーザーは自分の関心があるチャンネルに設定された料金を支払って、コンテンツを視聴する仕組みだ。10月末でチャンネル数は約290に上る。
チャンネルごとに料金は異なる。現在の有料登録者数上位20チャンネルの価格設定を見ると月額105~840円の範囲で、同525円のチャンネルが最も多い。仮に525円のチャンネルを10万人が購読し続けたとすると、1年間の収入は約6億円。発信者の取り分も少なくないだろうが、ドワンゴはネットで記事を読んでもらうことで、年間数億円を稼ぐビジネスモデルを構築している。
有料メルマガとしては後発
政治、経済、ビジネスや恋愛工学などをテーマにした「週刊金融日記」を、複数のメルマガ・プラットフォームで発行し、多数の読者を獲得しているカリスマブロガーの藤沢数希氏は、「有料メルマガは年間10億~20億円ぐらいの市場を形成していると推定できる」と話す。
有料メルマガでは、まぐまぐ!や夜間飛行などが先行。ドワンゴは後発の部類だが、「業界トップのまぐまぐ!よりも、有料会員獲得の初速に勢いがある」(関係者)という。ドワンゴは、ニコニコ動画の専用回線やニコニコ生放送の優先視聴などの特典を月額525円で得られるプレミアム会員を現在200万人以上抱え、すでにコンテンツ課金で高い実績を挙げている。ブロマガについても有料読者を獲得しやすかったという流れはある。
ただ、「300円払ってもらっていたものを400円に上げるよりも、0円を1円にするほうがはるかに難しい。ネットで流通しているモノにカネを払いたくない人はいっぱいいる」(ネットニュース編集者の中川淳一郎氏)のがネットの世界。ブロマガにせよ、メルマガにせよ、ネットを介して記事を読むことに、一定のおカネを払うユーザーを万単位で獲得することに成功していることは、雑誌を紙で発行する出版社にとって、憂うべき事態だ。
スマートフォンの爆発的な普及により、「いつでもどこでも誰でも」ネットに接続できる環境が急速に整った。ネットの世界では、新聞社や通信社、出版社といった伝統的なメディアやネット専業メディア、個人によるブログのほかに、最近台頭しているまとめサイトなどの「記事」が氾濫。多種多様な情報が無料で得られるようになった。
こうした流れを受けて、紙媒体の販売部数と広告収入は縮小の一途をたどっている。紙の新聞の販売は宅配制度のおかげで何とか踏ん張りを見せている面もあるが、紙雑誌の販売減はきつい。出版科学研究所によれば2003年に1兆3222億円あった月刊・週刊誌の販売金額は、12年に9385億円と、この10年で3割、実に4000億円もの市場が消失した。
雑誌系出版社は、電子書籍端末向けの電子雑誌の販売や、無料で読める自社サイトでの閲覧=ページビュー(PV)を集めることで広告収入を拡大しようとしているが、紙の落ち込みを補い切れない。コンテンツ課金は雑誌系出版社にとって大きなテーマだが、このテーマで成功といえるビジネスモデルを構築した例は、まだない。
■「キャラの立つ個人」が不可欠
「電子コンテンツが課金でうまくいったのはメルマガだけ」とは、ブロガー藤沢氏の評。なぜ、メルマガやブロマガに有料読者が集まり、紙雑誌系ウェブマガジンの有料化が進まないのか。
そもそも雑誌(マガジン)とは、「雑多な事項を記載した書物」「複数の筆者が書き、定期的に刊行される出版物」を意味する。これがネットの発展により、記事の一つひとつ、筆者一人ひとりの発信する情報が切り分けられて閲覧できるようになった。こうした流れの中で、紙雑誌はパッケージ力が薄れてしまった一方、コンテンツ個々の力、発信者である個人の力が読者を集める要素になってきた。その現状は、iTunesで個別の楽曲が売られるようになり、アルバムCDが売れなくなった音楽業界に似ている。
現在、有料登録者数1位のチャンネルは、元ライブドア社長の堀江貴文氏が配信する「堀江貴文 ブログでは言えない話」(月額840円)。2位はミュージシャン・GACKT氏の「GACKTちゃんねる」(840円)、3位はアニメ・ゲーム制作会社ガイナックスの創業社長や東京大学非常勤講師などを務めた岡田斗司夫氏の「岡田斗司夫のニコ生では言えない話」(525円)などが続く。いわゆる「キャラの立つ」個性的な個人が多くのユーザーを獲得している傾向がある。
みずからもブロマガで「週刊夏野総研」を配信する、ドワンゴの夏野剛取締役は、こう解説する。「ネットが発展する以前は、自分が欲しい情報が1つ2つ入っている紙雑誌などのパッケージコンテンツを買っていた。それが今はソーシャルメディアなどが出てきて、自分と考えの近い人が分かったり、欲しい情報が細かく手に入るようになったりしてきた。そこにビジネスモデルを当てはめたのがブロマガ。うまくかみ合うと、ある得意分野を持ったプロフェッショナルな人の発信する情報に価値を見いだした読者がおカネを払い、その発信者に収入が入り、さらに専門的な領域を磨き上げていくというエコシステム(生態系)ができる。コンテンツ発信者はやっぱり人。人を出さないと面白くない」
では、雑誌系出版社が有料メルマガを志向すればいいかというと、そう簡単でもない。ブロガーの藤沢氏はこう指摘する。「ほかにないコンテンツに読者はおカネを払ってくれているが、メルマガで有料読者が1000人以上いる発信者は15人ぐらいしかおらず、だいたい掘り起こされている。個人がそこそこお金持ちになるぐらいは儲かるが、メディアのマーケットとしては小さい」
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著、ダイヤモンド社)の編集者、加藤貞顕氏が代表を務めるピースオブケイクが運営する「ケイクス」も、個々のクリエイター(書き手)が多様な切り口で記事などのコンテンツを提供している。現在は週150円で3000本以上のコンテンツを読み放題としている。「ネットの発展により、個人の趣味・嗜好がかなり細かくセグメントに分かれ、セグメントごとに消費が閉じてしまっている。有料モデルとしていることでPVは稼げないが、コアなファンをグリップできれば儲けられる。今は赤字だが、会員数は着実に増えており、1年後の黒字化を目指している」(加藤氏)
ネットの世界では、PVの多寡がサイトの実力を示す一つの基準となっており、サイト運営者はその獲得に躍起だ。ニュース系サイトがヤフーをはじめとするポータルサイトや、スマホの世界で最近勢いを増しているグノシーやスマートニュース、アンテナ、フリップボードなどのニュース系アプリなどに記事を供給するのは、PVの拡大を狙うためである。
ただ、その過程では媒体のブランド力は発揮できても、パッケージ力はそがれる。記事は個別に切り分けられて読者に閲覧されるからだ。PVを追うかぎり、そこから抜け出すのは難しいかもしれない。
一方で、コンテンツの有料化を進めるとしたら、読者におカネを払ってもいいと思わせる専門性の高い閉じたコミュニティをネットの中で形成し、そこにコンテンツを供給していくというやり方がありそうだ。ただ、それではPVは稼げない。そして、これまでのように同業他社だけがライバルではなく、個人とも戦わなければならず、みずからも個人をどう生かしていくかを考える必要がある。
自分たちが悩みを深くする間に、リアルなマガジンでは実績のなかったドワンゴのブロマガがどんどん有料読者を獲得している。雑誌系出版社にとっての“不都合な真実”は、すでにその眼前に広がっている。
(武政 秀明)
(株)東洋経済新報社
2件のコメントがあります
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ちこさん、こんばんは。
ちこさんは浮世離れしてる様です「笑」
こんばんは。
ニコニコ動画を運営しているのが、「ドワンゴ」とは知りませんでした。