女性FRB議長揺さぶる、「男と女の政治」
イエレン次期FRB議長が置かれた微妙な立場
吉崎達彦■1960年富山県生まれ。 双日総合研究所副所長。かんべえの名前で親しまれるエコノミストで、米国などを中心とする国際問題研究家でもある。一橋大学卒業後、日商岩井入社。米国ブルッキングス研究所客員研究員や、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て2004年から現職。日銀第28代総裁の速水優氏の懐刀だったことは知る人ぞ知る事実。エコノミストとして活躍するかたわら、テレビ、ラジオのコメンテーターとしてわかりやすい解説には定評がある。また同氏のブログ『溜池通信』は連載500回を越え、米国や国際政治ウォッチャー、株式ストラテジストなども注目する人気サイト。著書に『溜池通信 いかにもこれが経済』(日本経済新聞出版社)、『アメリカの論理』(新潮新書)など著書多数。競馬での馬券戦略は、大枚をはたかず、本命から中穴を狙うのが基本。的中率はなかなかのもの。
10月9日午後、「次期FRB議長にイエレン氏」というニュースが飛び込んできた。当欄をご覧になる人なら誰でもご存じと思うが、ジャネット・イエレン女史(67)は現在FRBの副議長で、金融政策ではハト派で知られている。そして現在のバーナンキ議長の任期は来年1月で切れるので、後任探しが課題となっていた。
早速、「これでアメリカの金融政策は、ますますハト派になるから株価は安泰」などといった言説が飛び交っている。それだけではない。「いくら議会が荒れているからといって、まさか初の女性議長候補者を承認しないことはないだろう」とか、「本命のローレンス・サマーズ元財務長官が指名を辞退した時点で、イエレン副議長の任命は既定路線であった」などという記事まである。
お前ら、ちょっと待て。本件は、そんなに生易しい話ではないはずだ。ワシが今から、ワシントン政治の機微を教えちゃる。以下、ビミョーな問題をぶっちゃけベースで説明してしまうが、くれぐれもワシのことを差別的な人間などとは思わないでほしい。
世はなべて「男と女」。政治の世界も男女の機微が重要である。特にアメリカにおいては、この点を押さえておく必要がある。
オバマ政権の第1期においては、大統領、副大統領に次ぐナンバースリーをヒラリー・クリントン国務長官が占めていた。なにしろ2008年選挙の際は、オバマとの間で史上最長の予備選挙を戦った相手である。オバマはその手ごわいライバルを、閣内最重要ポストに起用した。そして彼女は、その期待に応えて4年間、大車輪で活躍した。このことは、女性有権者をオバマ政権支持につなぎとめるうえで大きな効果があった。実際に2012年の大統領選挙では、女性票の動向がオバマ再選のカギとなっている。
自然発生的に出てきた、イエレン氏の声
ところが、2期目のオバマ政権は女性閣僚が少なくなっている。当初、国務長官に起用しようとしたのは、1期目に国連大使を務めていたスーザン・ライスであった。彼女は黒人女性であるが、ブッシュ政権のコンドリーザ・ライス国務長官との血縁関係はない。ただしこのライス女史、あだ名を「絶叫レディ」(Screaming
Lady)ともいって、部下の評判が今ひとつだった。オバマ自身は強く推していたのだが、昨年9月11日のベンガジ領事館テロ攻撃事件の際における彼女の記者会見がどうのこうの、みたいな話が出てきて、結局、この人事は実現しなかった。
代わりに国務長官に指名されたのは、白人男性であるジョン・ケリー上院議員であった。余計な話だが、アメリカでは閣僚承認の権利は議会の上院のみにあり、上院議員が指名されたときにはシャンシャンで決まることが多い。なにしろ彼らは任期が長いうえに100人しかいないので、仲間内の結束が固いのである。
そうこうするうちに、「第2期オバマ政権は、マイノリティの比率が低いのではないか」という批判が飛び出すようになった。女性支持者が多い民主党においては、これは特に由々しき問題である。そこで自然発生的に、「史上初の女性FRB議長にジャネット・イエレン女史を」という声が高まった。彼女であれば、見識もキャリアもまったく問題ない。現職のバーナンキ議長も、夏休み恒例のジャクソンホール会議を欠席し、主役の座を副議長に譲る、という形でさりげなく彼女を側面支援していた。この時点で、次期議長はほぼ決まったか、という感もあった。
ところが任命権者のオバマ大統領は、ローレンス・サマーズ元財務長官の起用を強く示唆した。第1期オバマ政権において、サマーズは国家経済委員会担当補佐官として、経済に弱いオバマの家庭教師役を務めてくれた。クリントン政権では財務長官を務めていたこともあり、文句なしの「大物」である。「身内びいき人事」が多くなり、小粒な人材が多くなってしまった第2期オバマ政権においては、重量級の「サマーズ議長」は一種の箔付けになる、という思惑もあったのだろう。
「ミスターイエレン」と口走ったオバマ大統領
しかるにサマーズは、公職を退いてからハーバード大学の学長を務めていた2005年に、「女性は統計的に、数学と科学の最高レベルでの研究に対してより少ない適性を持つかもしれない」と口走り、辞任に追い込まれた過去を持つ。つまり「女性差別主義者」のレッテルを張られたことのある人物なのである。イエレン支持のフェミニストからみれば、「ありえない」選択肢であった。
こう言ってしまうと身もふたもないのだが、オバマ大統領は金融政策のことなどあまりわかってはいないらしい。この夏、次期FRB議長について言及した際に、「Mr.
Yellen」と口走ったこともある。このときはワシントンポスト紙が、「イエレンさんの夫であるジョージ・アカエフ氏(ノーベル賞経済学者)も、FRB議長には立派な有資格者である」という妙なフォローをしたものである
。それにしてもオバマさん、“Dr.”と言っておけば無難だったのに、つまらぬところでボロを出してしまったものだ。
さて9月に入り、シリア情勢をめぐるオバマの優柔不断を契機に、議会情勢はさらに険悪化する。とうとうサマーズは、「私ではとても議会がもちませーん」と泣き言を言って、指名を辞退する破目になった。だったらそれでイエレンが自動的に当確かというと、物事そんなに簡単ではない。すんなり決まりかけていたことで「みそ」をつけると、大事なところで「あや」がつくものだ。次期FRB議長の前途は容易ではないとみる。
まず、イエレンさんの立場になって考えてみよう。オバマ大統領は、自分ではなくサマーズにご執心だった。自分はセカンドチョイス、もしくは議会の反対が少なそうな候補者として、次期議長に担ぎ出されようとしている。ご本人にとって愉快な話ではないだろう。
そもそもハト派の急先鋒であるイエレンに対し、サマーズは金融政策ではややタカ派寄りのスタンスであった。サマーズがダメだからイエレンで、というのは少々ご都合主義的ではないか。少なくとも周囲はそう受け止める。「大統領の支持が十分ではない議長」は、15人のFOMCメンバーをうまく引っ張っていけるのか。あるいはワシントンにおける行動に限界があるのではないか。
イエレン議長が置かれた、微妙な立場
議長になってしまったら、向こう3年間はオバマ政権を守らなければならない。議会にいじめられることもあるだろう。さらに2016年に共和党政権が誕生したりしたら、どんな仕打ちを受けることか。共和党は、基本的に金融政策ではタカ派寄りであって、量的緩和策などという怪しげな政策を嫌っている。イエレン次期議長が考える方向へと金融政策を誘導するのは容易なことではあるまい。
だったらいっそ指名を断るか。ところが、「女性初のFRB議長」を自分の意思で辞退するとなると、「ガラスの天井」を打ち破ってほしいというアメリカ女性の願いを裏切ることになる。あちらを立てればこちらが立たず。さぞかしつらいお立場であるものとお察し申し上げる。が、悪いのはオバマである。
次に議会共和党の側になって考えてみよう。「少数派に転落しつつある白人男性の党」というイメージが強まっている共和党としては、女性の次期FRB議長候補の承認を邪魔して世の女性の反発を買いたくはない。その一方、連邦政府のシャットダウンと債務上限問題で与野党がにらみ合っている今日、次期FRB議長人事は共和党にとって一種のカードになりうる。何らかの取引材料にされてしまうおそれはゼロではない。
結論として、「そんなに簡単じゃないよ」ということになる。アメリカ経済は夜明けが近いけど、オバマ政権はすでにたそがれ始めている。演説の冴えは相変わらずだが、人事でも議会対策でも中東政策でも、オバマ大統領の判断力は乱れ始めているようにみえる。大統領も任期は5年目、周囲がイエスマンばかりになる危険な時間帯なのである。
下手をすればわれわれは、向こう3年間にわたってレイムダック大統領を相手にすることになるのかもしれない。同盟国・日本としては安全保障でも経済政策でも、「当てにならないアメリカ」を当てにしなければいけない、ということだ。何とも気の滅入る話ではないか。
3歳牝馬三冠最後の秋華賞は、メイショウマンボで
さて、ワシントン政治の男女の機微に比べれば、牡馬と牝馬が織りなす競馬の世界は単純で、いっそすがすがしい。
週末は牝馬三冠最後の戦い(秋華賞、13日京都競馬場、2000メートル)が待っている。衆目の一致するところ、オークスを制したメイショウマンボと、ローズステークスでこれを破ったデニムアンドルビーの一騎打ちということになるだろう。
目下のところ、デニムアンドルビーの人気がやや勝っているようだが、ここはメイショウマンボを支持したい。先週も京都大賞典で、単勝1.3倍のゴールドシップがまさかの5着に沈み、筆者の財布とメンタルに深い打撃を与えた。小回りの利く器用な馬でないと京都では勝ちにくい、というのが教訓である。
一部には、鞍上が心配だ、などという口さがない声もあるようだ。しかし「凱旋門賞4着」でもわかるように武豊騎手が復調しつつある現在、弟の幸四郎騎手も負けてはいられないところであろう。久々のチャンスをモノにしてもらいたいものである。