オイラの母上は、その昔、読売新聞の販売店勤務な経理担当だった。
当時の所長に鈴木という名物所長がいたんだ。
ガキの頃から、読売事務所にしょっちゅう出入りしていたオイラは、
頻繁にその鈴木所長に顔を合わせることになって、
随分とかわいがってもらった。
「おいshin坊、聴いておけ。男にとってはな、お袋が死ぬってことが一番答えるんだ」
そういって、鈴木所長は陰に泣くのだった。
オイラはまだ、中坊だったというのに。
ある時には、
「おいshin坊、お前にこれをやろう。どーだ、王貞治の直筆サイン入りボールだ」
とか、晩年には、
「おいshin坊、このあいだキャッチャーの村田がこの事務所に来たけどな、
あの男はホントウに性格のイイ男なんだぞ、性格が良くないと大成しないから覚えておけよ!」
などと、まるでオイラの親父かのように演じてくれたのが、オモロかった。
新聞の世界では、やり手=強者という図式で。
その所長の子分に、元ヤクザなコウノという右腕がいたんだ。
ヤクザ時代なあるとき、敵方のヤクザと抗争になったコウノさんは、
街で敵に出くわすなり日本刀を振るって、そいつの右耳を切り落とす結果になったというんだ。
あー、個人名をこんなに出してご心配な御仁に言っておくが、二人とも他界している。
(いやいや、これら一連の話は、オイラの妄想に違いないって・・・)
耳を切り落とした男と街で偶然に再会したという話を、コウノさんからオイラは聞いたのだが。
向こうから逃げたらしい。
オイラが懲戒免職になったという話を聞いていたコウノさんは、
オイラにとても優しくしてくれた。
「世の中の出来事には、不思議と道理ってものがあるんだ。まぁ、飲みなよ。
君はいま怒っているのかも知れないが、君の怒りが真実ならば、そう時間をおかずに結果が帰ってく
るはずだから、短気を起こさずじっと待つことだ。
いや後生だから、騙されたと思ってそうしてください」
彼がいなかったら、オイラは本庁でマシンガンをぶちかましていただろう。
とても元ヤクザとは思えなかった。
いつも女将さんと一緒に飲みに来ていた。
そんなコウノさんが、ある日、突然死んだ。
でも、鈴木所長の方が早く死んでいたが。
その後、奥さんが言っていた。
「あなたにはやさしい男に映ったかも知れないけれど、私にとっては悪魔だったの。
薬物中毒が抜けなかったの、最期まで・・・」
鈴木所長ににらまれてたコウノさんはライバル新聞販売店に移籍していたが、
死の何年も前に、右翼の喧伝カーに店を囲まれたこともあったという。
どちらからもかわいがられていたオイラは、途方に暮れたのだった。