久しぶりにスペイン酒場の扉を開けると、
ずっと会いたいと思っていた森さんが、カウンターに鎮座していた。
すでに手元には、二合徳利が佇んでいる。
杯を口にしようとした姿勢で振り向いた森さんは言った。
「なんだか、随分と久しぶりにお会いしますね」
森さんはその昔、書いたものが本になっていた。
しかしその一冊っきりで、もう表舞台に出ることはなくなっていた。
松本清張が愛好したという、いにしえの小説ハウツー本など借りたりもした。
隣に座るや否や、オイラは怒濤のごとく北方謙三のような文体で、
件の村上春樹と三浦しおんと二流小説家の話を、
森さんの耳へ矢継ぎ早にハードボイルドしたのだった。
その話を聞いて森さんは言う。
「この世界はね、そういうものなのです。ブログだと思って油断してはいけません」
ニヤリと笑った森さんの顔が、なんだか不敵なカッパのようにみえてくる。
キュキュキュ、キュキュキュという、カワカミヒロミの小説みたいに笑い声まで聞こえた気がした。
スペインママによればこの森さん、今でも書いているという。
「この間なんかね、無理矢理原稿を読まされたんだから。
でも、彼の文章って難しくってよくわからないのよ。きっと、つまんないんだわ」
そんな話を聞いていたオイラは、
だんだんと、このカッパセンセイを苛めてやりたいような気分になってきた。
オイラは文学上の意地悪な質問をいくつか、このカッパセンセイに投げかけてみた。
でも、ことごとく簡単にレシーブされた上に、ものすごいリターンが帰って来る。
「私は佐賀県出身でね。かつては地元に同郷の北方謙三を招いて、
講演してもらったこともあるのですよ。
まぁ、こういう話をするとキリがないからこの辺にして、もう歌いましょう」
その日のカッパセンセイは、絶好調なのだった。
聞いたことのない選曲だったが、どれもこれも声も歌詞も曲もすばらしく、
泉鏡花の小説のようにじんわりと胸に響いてくる。
オイラの脳裏には、伏見稲荷の幟(のぼり)がはためいている。
PS:このカッパセンセイの書いたという作品は、
「薄明かりの村」という題名で、昭和42年の作品だという。
今月の連休を使って、国会図書館へ行ってみようと思う。