マイナンバー特需への期待高まる、IT業界各社の動き…関連需要は3兆円との試算も
日立製作所と日立システムズは7月1日から、マイナンバー制に対応した専門サービスを提供するため、地方自治体向けにシステム導入や運用サービスなどを提供する組織を新設した。
マイナンバー制導入により、都道府県や市区町村は業務システムの改修のほか、業務に与える影響やコストの試算を行う必要に迫られている。日立は75人の専門要員からなる新組織「ID基盤推進センター」を立ち上げたが、マイナンバー制度導入をめぐり、大手IT企業が具体的な営業方針を打ち出したのは初めてだ。
マイナンバーはかつて「国民総背番号制」と呼ばれ、プライバシーの面から反発を受けていたが、東日本大震災の時に住民データが破壊されて行政事務が滞ったため、その必要性が再認識されてきた。個人情報を行政が把握することの是非は横に置いて、政府はマイナンバー制の導入に踏み切った。
国民1人1人に番号を割り振って年金や納税などの情報を一括管理する共通番号(マイナンバー)の関連法は5月24日に成立し、まず2015年10月に12ケタの個人番号の通知が始まる。法人には13ケタの番号が伝えられる。次に、税務署や市町村、日本年金機構などの行政機関がバラバラに管理している個人情報をネットワークでつなぐ。
16年1月から、番号情報が入ったICチップ掲載の顔写真付きの個人番号カードを希望者に配布し始め、17年1月には、行政機関が個人番号を使って個人情報をやりとりするシステムが稼動する。これが1つの番号での一元管理が完成するまでのロードマップ(行程表)である。個人番号の利用範囲は当初、年金など社会保障サービスの受給や納税手続き、災害対策の3分野に限定されるが、法施行から3年後をめどに拡大を検討するとしている。
マイナンバー制導入を大きなビジネスチャンスととらえているのがIT業界だ。制度運用に当たっては、内閣官房や総務省、厚生労働省、国税庁などのシステムがつながる。全国に約1800ある自治体を中継する、巨大なネットワークが構築されるからだ。
●先行するNTTデータ、外資の動きも活発化
日立はマイナンバー法の成立を受け具体的に動きだしたが、各社とも準備を進めている。一歩先行しているのが、官公庁システム開発で強みを持つNTTデータだろう。住民基本台帳ネットワークを構築した実績のある同社は、10年から専任チームが営業活動を展開し、官公庁向け分野を強化してきた。情報システム大手で官公庁や大手金融機関向けに強みを持つ富士通やNECも、サービス提供に向けて本腰を入れ始めた。
日本マイクロソフトが公共イノベーション推進室を6月3日付で新設するなど、海外勢による受注活動も本格化している。これに先立ち、スティーブ・バルマー米マイクロソフト最高経営者(CEO)が経済産業省を訪れ、茂木敏充・経産相と会談。「日本政府のIT政策に協力したい」とトップセールスに乗り出した。外資系では日本IBMのグループ会社が、ベルギー、オーストリアなどで同じようなシステムを開発・運用した実績がある。日本ユニシス、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、野村総合研究所(NRI)、三菱総合研究所も動きだした。
ビジネスチャンスは印刷業界にも及ぶ。大日本印刷、凸版印刷が、個人を認証するための大量のICカードの発行を狙っている。
官公庁による具体的な調達手続きは、この夏から始まる。全国に約1800ある自治体の争奪戦が過熱することだろう。
マイナンバー制度に関連しては、インターネットイニシアティブ(IIJ)の動向にも注目が集まっている。勝栄二郎・前財務事務次官が同社に入り、6月末に社長に就任した。これは、マイナンバー関連の受注を狙う人事との見方が霞が関ではある。ただ規模的に同社がマイナンバーのSI(システム・インテグレーション)業務を一括して受注できるかどうか疑問視する向きは多く、主要株主はNTT(24.4%出資)、NTTコミュニケーションズであるため、NTTグループの一翼としてマイナンバーのSIを目指すという見方もある。
住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の時は、NTTコミュニケーションズ、NEC、富士通、日立の4社で受注した。大規模な土木工事はスーパーゼネコンでないと対応できないように、マイナンバーもITゼネコンと呼ばれる大手ITベンダの出番となるとみられている。過去の政府の大型システム開発プロジェクトを見ても、「総合行政ネットワーク」(LGWAN)はNEC、富士通、日立、日本IBMの4社。「政府認証基盤」(GPKI)はNEC、日立、セコムだ。
マイナンバーのシステム構築費について所管の内閣官房は350億円を見込んでいるが、これは中央省庁レベルの費用。このほか地方公共団体のシステムの構築が必要で、それを含めると2500~3000億円というビッグプロジェクトになる。
●番号悪用、情報漏洩のリスクも
マイナンバー制度のシステム構築をリードするとみられているのは「地方自治情報センター」と「行政情報システム研究所」という天下り2法人。両法人とも2人の総務省OBが役員として天下っている。マイナンバーでは既設の「政府共通ネットワーク」「総合行政ネットワーク」を利用するが、この運用を担っているのがこの2法人なのだ。
「地方自治情報センター」はマイナンバー導入に合わせて、「地方公共団体情報システム機構」という団体に格上げされ、自治体のマイナンバーシステムの構築を仕切ることになる。「地方自治情報センター」はかつて「総合行政ネットワーク」構築にあたって、国から14億6000万円の予算を獲得したが、業務は12億6000万円で下請けに丸投げ。何もしないで2億円のサヤを抜いた実績がある。前出の勝・前事務次官がIIJ社長に転身したのは「総務省と同省有力OBのやりたい放題を監視するお目付け役になるためではないか」という、うがった見方が官邸周辺から出ている。
マイナンバー制度には気になる懸念材料もある。米司法省によると、同国における番号悪用の被害は05~08年の3年間で1170万件、損害額は12年には年間500億ドル(5兆円)に達している。韓国ではスパイ防止を目的に13ケタの「住民登録番号」が導入されているが、08年にネットショッピングの利用者1000万人超の情報が流出。11年には交流サイトを運営している会社がハッキングの被害に遭った。この時は、韓国のネット利用者のほぼすべてに当たる3500万人分の個人情報が漏れたといわれている。システム構築に当たっては、こうしたリスクへの万全の対策が求められる。