「偉い人が来るから・・・・・」
今日はろくな日じゃないぞ・・・・・
小売老舗のコウベマート八王子店の店長(44)として、今日は凌がなければならない。
従業員には業務に細心の注意を払うように言ってある。
「やあ、君が店長か?メビウスからの話は聞いてるよね?今日視察はよろしく」
急に声をかけてきたのはビジネスカジュアル姿の男であった。
おそらく30代半ば、自分より一回り年下である。
「これは・・・・連絡していただければ出迎えましたのに・・・・」
「いやいや、早く店の中を見ておきたかったからね、さっそく本題から入ろうか」
しまった・・・・・店の案内はこちらで行い、ペースに乗せる作戦だったが、これでは・・
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コウベマートは2004年に産業再生法を申請、実質国有化の後、商社主導での再建に失敗し、大手小売のメビウスグループに買収されたのである。
今日は初の内情視察・・・である。
「まず惣菜コーナーなんだけど、助六寿司が無いんだけど、どうしたの?」
「助六ですか??あまり意識したことがありませんね。確かに昼ごろには切れてますが」
視察者の眉間に皺が寄る。
「あのさ、八王子もこの辺だと年配の方が多いでしょう。脂っこいものは食べられないから、助六寿司を買うんじゃないかな?需要を読もうと思ったことはないんですか?」
年下にそんな口を叩かれれば誰だってカチンと来る・・・・このまま引き下がれるか
「しかしですね、助六は安いから粗利がいまいちなんですよ。通常の握り寿司を充実させる商品展開をとっております。」
視察者は完全に呆れ顔だ
「本当に?うちでも助六をやってるが粗利は普通の寿司よりいいくらいだよ!本当に悪いというなら、陳列棚に高級茶葉を一緒に置けばいい。工夫次第でどうにでもなる問題だ。まったく...ところで、ここのシャンプーや石鹸の粗利はどんなものかな?」
「1割程度ですね」
「そうか、メビウスのプライベートブランド、"ベストプライス"なら粗利が3割だから話にならない、入れ替えは絶対だからね」
その他にも、店が暗い、陳列が雑、エネルギー効率が悪い・・・・もう何点指摘されたのだろう。
頭はクラクラ、メモをする手が疲れてきた・・・・・
ふと、21年前に入社した時の記憶が蘇ってきた。
そうか・・・新人の頃は常に頭がパンクするほど疲れていたもんだっけか。
毎日毎日、創意工夫だったもんな。
いつから向上しようと思わなくなったんだろうか。
最近では、冷蔵庫一つ買うにも審査が通らなくなっていた。
この10年間は目先のコストしか考えさせてもらえなかった。
「じゃあ今日の視察は終了。結果は本部に送るから、次回までに改善するように」
閉店からも事務所で指導が続き、時間は23時を回っていた。
視察者が帰った後、廃品箱から傷物になってしまったビールを開けて飲み干した。
「やってやろうじゃねぇかよ・・・・」
呟きながら、2本目のビールを買いに外に出た。