有る日の朝、秋子は、その東京の会社に就職試験に行った。その前の日の夜に、明彦は、ここ2年の間、まともに秋子とは話したことが無かったが、1時間程、秋子に話をした。その脇には女房が坐っていた。秋子は、下を向いたまま、ほとんど話さず黙っていた。
これは、明彦の子供への出来ることのせい一杯のことであった。明彦には、真剣勝負であった。そしてこれは、自分の子供でもなく、世間の人に対して言っているつもりで話した。明彦のこの世の中を生きてきた経験を話して聞かせた。くどくどとは言わなかったが、一応の明彦の経験と人生観を述べ、結論は、秋子が出す様にと言った。
秋子が東京の試験に行っている日中に、女房と話してみた。会社の説明を受けても、必ずしも秋子は、その会社に勤めるとは、限らない。前の日に明彦が、秋子に提示したある案に対して、秋子はどう結論を出すか。その後は、秋子はどう考えているのか分からない。
その後、一人居間に坐り、ぼんやりと外を見た。秋子の結論は、おおよそ、今の会社を辞めるのは、はっきりしているらしい。そんな事は全く存じませんとばかりに、今日の家の外は、秋のカラッとした雰囲気で、ここ半月前の、夏の残暑が信じられない程、気温が下がり、快適な日差しである。
今、秋子はどうしているだろうか。庭先のトンボの群れの、元気よく飛ぶ様を見ながら、鈴木明彦は、ため息を一つ。
(終わり)