店長の話は、こうだった。
「秋子さんからは、退職する話は聞いてないです。何か、試験を受けると言って、休み時間に勉強していました。競争心があります。他の人は休み時間は、話をしているんですが、一人で勉強していました。仕事への能力はかなり有ります。ここ2年で、この店で2番目の販売資格を取っている。これからも期待している。私は、7月からここへ来たんですが、従業員のうち、4人については、これこれと、引き継ぎの話は聞いているんですが、秋子さんについては、何も聞いていません。」ということだった。
このことから、改めて安心したのは、秋子は退職する、退職すると言っていたのは、家の中だけだった。一種の不満とか、愚痴を家で言っているだけだった。あるいは、親を少し困らせてやろうかという魂胆か。
「しかし、あの子は、何をするか、分からない子です。そこで、お願いですが、今日、ここで会ったことは、内密にお願いします。」
その他、あれこれ聞いてみると、20人の従業員の消えてしまったのは、全てが退職ではなく、他への転勤もある。そしてここから先は、あまり細かく聞くことは出来ないので不明だが、推定すると、10人から15人の退職になる。それ以上のことは、会社の経営方針もあると思い、聞くことは出来なかった。
一応、親としても良い方法、会社の利益からしても損にはならない、そして秋子のことを考えて、他の店や部所に移動のことなど聞いてみたが、店長には権限が無いので答えられないと言っていた。その程度のことで、帰ることになった。それでも、会社の経営について、何となく、少しは分かった様な気がした。店長だって大変なんだ。一月の内に、休みが一日も無いんだ。
帰りの車の中で、明彦は、これから先が、不安ではあるものの、何だか安心した。とりあえずは、秋子は勤めるらしい。しかし、この秋子の不満は、いつ表面化し行動を起こすか、わからない。そんな爆弾を秋子は持っている。少しは、リラックスさせないといけない。しかし、秋子はわがままだ。
ここで、こんな考えもある。これだけ会社への、定着率が低いのなら、10年も、我慢して勤めていれば、販売係で最古参になるだろう。その辺りから、仕事はきついかもしれないが、部所を移動しても、だんだんそこに、勤めやすくなるのでは。そこで、販売方法や、会社の運営方法を考えれば、また、新たなステージになることも出来る。しかし、それは、秋子の能力に依る処であり、会社の考えもある。
家に帰り、女房にも今日のことは、内密にするように話した。今日は、東京へ、ライブに行くと言っていた。行きは鈍行で、帰りは高崎まで新幹線で帰るとか。まだ若いんだ。ぎゃー、ぎゃー、騒ぐ年なんだ。