ぎっしーさんのブログ
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2008.03.20 ミツカンマジック
昨日の日記では、運慶の仏像オークションのことを書きました。「金の仏(ぶつ)」の話から、今日は、納豆「金のつぶ」のお話が地元情報誌に「ミツカン・マジック」なるタイトルで、ありましたので、ご紹介を。酢の世界シェア75%(20年近く前)と圧倒的な強さを誇るミツカン。「おむすび山」「ぽん酢」はじめ、数々のヒット商品を生み出した開発力のある会社です。学生時代、就職活動していた頃、「良い品をまごころこめてより安く」がモットーだったような記憶があります。我が家の朝の食卓には欠かせない「金のつぶ」のお話です。はじまりはじまり~
「金のつぶ食べよう~」のCMソングで。一躍有名になったミツカンの納豆ブランド〝金のつぶ〟。カルシウムが骨になるのを助ける納豆、気になるにおいを抑えた納豆、ご飯によく合うなど、独自性の強い商品を次々と発売し、今や業界第2位のシェアを誇っています。ところで、なぜ、ミツカンが納豆づくりを始めたの?なぜ、〝金のつぶ〟という名前をつけたの?お酢のミツカンが納豆事業で躍進する背景には、いかにもミツカンならではの「醸造マジック」による仕掛けがあったのです。
『納豆の歴史を変えた〝金のつぶ〟
それは200年の発酵技術を活かした
日本の大豆文化への挑戦でもあった!!』
●ミツカンの納豆事業への進出は、今から15年前にスタートした
三河湾に面して海上交通の便と、良質な地下水に恵まれた知多半島の半田市。市街地を流れる半田運河の両岸には、今も酢蔵や酒蔵の黒塀が続き、海運業と醸造業で栄えたこの街の原風景を思い起こさせます。
ミツカンの創業は古く、江戸時代後期の1804年。初代中野又左衛門が酒粕から酢を考案して以来、この運河の川沿いで酢の醸造を本業としてきました。
そのミツカンが新たに納豆事業に進出したのは1993年。今から15年前のことです。東京のある納豆メーカーが後継者不足などの理由から、廃業の危機に追い込まれていたところ、ミツカンが資本参加することになったのです。
また、1997年には業界第2位の朝日食品に資本参加。同社を傘下に収めたことで、ミツカンの納豆事業の基盤は盤石なものとなり、自社としても本格的な参入を決めたのです。
「日本の食文化は、主食である米と、味噌や醤油などをつくる大豆。この2つが大きな柱になっています。そのうち米については、我々は〝お寿司の酢〟という形で長年携わってきましたので、今度は大豆を手がけようということになりました。それで大豆を使った日本の伝統的な食品として、真っ先に浮かび上がったのが納豆でした」(コーポレートコミュニケーション部・広報担当者)
しかし、酢は液体の調味料で、納豆はネバネバ食品。あまりにもかけ離れた食品分野への挑戦に、正直なところ戸惑いはなかったのでしょうか。
「酢は穀物や果実を酢酸菌で発酵させてつくり、納豆は大豆を納豆菌で発酵させてつくります。つまり、どちらも発酵食品ですからね。酢の醸造で200年の歴史を持つミツカンには、どこにも負けない発酵技術の蓄積があります。我々の強みを活かすには、納豆が一番だと考えました」(前述・広報担当者)
●納豆をつくる納豆菌の数は、発見されているもので約2万種類
大豆を納豆菌で発酵させてつくる納豆は、大豆本来のタンパク質が豊富で、骨を丈夫にするビタミンK2も豊富。日本生まれの納豆は栄養価に優れた食品ですが、あの独特のにおいを気にする人は多いようです。
また、関東や東北地方での消費は多いが、関西や四国地方での消費は少ない。地域によって「好き・嫌い」が極端に分かれる食品でもあります。
「ミツカンの調査でも、納豆は好きだけど、食べた後のにおいが気になる。そういう意見は想像以上に多かったです。それで、納豆のにおいを取ろう・・・ということになったのです。とにかく今までになかった納豆、それも画期的な納豆を開発して、日本の大豆文化に革命を起こそうと思いました」(チルド事業カンパニー・マーケティング本部・開発企画担当者)
大豆を発酵させる納豆菌は、現在、発見されているもので約2万種類。さらに、そこから分かれた株(個)の単位になると、無限の数になるそうです。
ところが、従来の納豆に使われていた納豆菌は、そのうちわずか2、3種類。しかも多くの食品メーカーでは、これら納豆菌を仕入れて、それを使って納豆商品を製造。だから相変わらず納豆は、昔ながらの「においがきつい食べ物」だったのです。
そんなわけでミツカンの納豆事業では、まず、納豆菌の研究からスタート。半田市の本社ビルの裏手にある中央研究所では、約2万種類の納豆菌の中から、納豆のにおいを発生させない菌を探すために、それはもう気の遠くなるような研究が始まったのです。
『におわない納豆をつくるために
探し当てた2万分の1の納豆菌』
ミツカンは創業以来、代々受け継がれてきた伝統を重んじながら、それに縛られることなく、絶えず革新を進めてきた会社です。その企業精神は、この納豆事業にも明確に表れています。
その狙いは、ただ一つ。「ミツカン」に匹敵するような「納豆ブランド」を育成すること。従来の納豆のイメージにとらわれることなく、本業の酢の醸造で培った発酵と醸造の技術にこだわり、他社との差別化を徹底的に図っていこうというものです。
こうした期待を一身に集めて、1998年、ミツカンの納豆ブランドの〝金のつぶ〟が誕生。最初に発売されたのは、『ふくまろ』『活き活き大豆』『有機栽培大豆』の3つでしたが、
〝金のつぶ〟の名前を一躍有名にしたのは、なんといっても、2000年に発売された『におわなっとう』と『ほね元気』の2つの商品です。
『におわなっとう』は、気になるにおいの成分を抑えた商品。『ほね元気』は、骨の形成を促すビタミンK2を通常の1.5倍以上も含む商品。どちらも発売されるやいなや、たちまちヒット商品に躍り出たのです。
「これまで納豆のにおいは、アンモニア臭が主な原因と言われてきました。ところが研究を重ねていくと、アミノ酸が化学反応してできる低級分岐脂肪酸が、直接の原因であることがわかったのです。そこで、さらに研究を進めて、納豆のにおいの素をほとんどつくらない納豆菌を探し当てたのです」(チルド事業カンパニー・開発企画担当者)
一方の『ほね元気』は、全国の骨折患者率の調査報告データが、商品開発のきっかけになったとか。
「納豆の消費が少ない西日本は、骨折率が東日本と比較して高いのです。そこで納豆に含まれているビタミンK2を、もっと増やせる納豆菌はないだろうかと考えたわけです。この菌を探すのにも、3年以上はかかりました。さらにトクホ(特定保健用食品)の認可を得るのに、1年以上もかかってしまいました」(前述・開発企画担当者)
●高浜市の中部工場では、年間2億食が生産されている。
〝金のつぶ〟が誕生してから今年で10年。その商品構成は、大豆・納豆菌・添付のたれ等の種類別で25アイテム。年間生産量は、約8億食にも及んでいます。これらは全国に4ヶ所(千葉・群馬・愛知・兵庫)ある専用工場で生産され、北は青森から南は四国までの販売エリアをカバーしています。
その中で高浜市にある中部工場は、地元の中部エリア(東海・北陸・静岡の一部)を担う生産拠点として、2001年に建てられた工場です。
「納豆は、納豆菌の力を活かした発酵商品ですが、使用する原料は大豆と納豆菌のみで、製造工程も極めてシンプルです。しかし、それ故に、少しの温度、圧力、時間といった製造条件の違いが製品の出来栄えに大きく影響する難しさはありますね。私達は、〝金のつぶ〟を買って頂けるお客様に、常に〝おいしい納豆〟をお届けする責任がありますからね」(ミツカンフレシア中部工場・薫田工場長)
そのため工場の中では、安全・安心をモットーに、徹底した衛生管理・異物混入の防止システムを導入。原料の大豆選びから出荷に至るまで、厳しい管理体制のもと、年中無休のフル稼働で生産にあたっています。
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お昼に納豆食ったばかりですわ(^^ゞ
西日本の出身ですがここ数年で納豆大好きになりましたよ。
よーくかんがえると
あるある大辞典で納豆ダイエットのことから
1年以上もたってるんですねー
それを考えると、
あの時納豆が売れなくなったりしてたのにぃー(^^ゞ
売れるということはやはり裏には苦労もあるんですね。
長~い、納豆のお話最後までお付き合いくださりありがとうございました。でも、ミツカンはすごい会社ですよ。
納豆もファンとかやればいいのに。『金つぶネバネバ連動信託』とかで。失礼しました。