三つ子の魂は百まで・・・・・①女房の母親
わが愛妻(!)の母親は数年前に80歳近くで亡くなったが善い人でした
私が恋愛時代、初めて彼女の家に招かれて行ったら、まずガスコンロとフライパンが茶の間に運ばれてきました
えっと思って見ていると、ホルモン焼きで歓迎の食事をするとのこと
家が家内工業の機屋(通称ハタヤ、織物工場)で、両親が家に隣接した工場で12時間以上働いてるので、
食事は手っ取り早く食べられるものが多い
食べながら見てるとほかのおかずは漬物だけ・・・・ →Orz///
ごはんとホルモン焼きと野菜はキャベツだけ・・・・
最後に残った油ギトギトに卵を入れてスクランブルにして食べ、食事は終了
何度、お呼ばれいただいてもこんな感じでした
福井は繊維王国で、大きい織物工場は、東北や北海道から多くの娘さんが集団就職で住み込みで働いてましたが、女房の実家は零細ですから家族が大事な働き手でした
そのため食事は時間をかけて作るものではなかったのです
「きっと、お前の実家は血の道の病気にかかるぞ!」という私の忠告&予言通りに全員が脳溢血、脳梗塞、心臓病などにかかりましたね^^;
しかし、それもこれも、家族を養うため、生活していくための、しかたのない生活習慣だったのでしょう
昭和20年の福井空襲で焼かれ、23年の福井地震で新築家屋と工場が倒壊・・・・この苦難は想像できませんね
それを克服したのです
何があっても工場を稼動しつづける
問屋からどれだけ値下げ要求があっても逆らわず安い工賃でも織り続ける・・・・・・
多くの繊維会社がバタバタ倒産する中でも止めずに続けてましたね
最後まで残った工場でした
参考:月間基礎知識>不況>繊維不況
http://www.jiyu.co.jp/GN/cdv/backnumber/200212/topics02/topic02_05.html
いまは家を新築のため工場部分は取り壊して跡かたもないです
女房に「お前の母親は優しい、いい母親だったな」というと、「ああ・・・」それだけです
会話も楽しまず、ただひたすら機織(はたおり)していた一生です
大変明るい性格なのに話へたで言葉が短いです
「口を動かすなら手を動かせ」 「遅いことはだれでもする、早くやれ!」
こんな価値観が主流を占めます^^;
我が愛妻がやってる内職は、ここ何十年も競争相手が現れません^^
他の人では納期内にできないそうです^^
安い工賃ですが普通のパート勤めよりは稼ぎます
納期は厳守です^^; 午前0時を過ぎてもやってます^^;
そんなときは、おかずが変わります
あぶらあげの煮もの
菜っ葉のおひたし
チクワとこんにゃくと豚肉の炒め物・・・・・
女房の内職を見てると亡くなった義母を思い出します^^