モンゴル人大量殺戮の証言
本書は、昨年に第14回司馬遼太郎賞を受賞した『墓標なき草原』上下2巻の続編であり、3巻を合わせると約900ページに及ぶ大著である。
楊海英氏は、中国・内モンゴル自治区での文化大革命期のモンゴル人大量殺戮(ジェノサイド)を生き抜いた貴重な証人の生の声を真摯(しんし)に聞くとともに、文献資料と照らしあわせて検証し、想像を絶する被害の実態を明らかにした。
また『モンゴル人ジェノサイドに関する基礎資料』(風響社)を一昨年から毎年公刊し、計2700ページに及ぶ膨大な資料を提出している(全10巻予定)。私は漢民族の一人として、この残忍極まりない史実を知り、痛切な罪責感に打ちのめされたが、良知とは何かを深く考えなおす契機(モーメント)ともなった。
本書終章は、現在の中国でモンゴル人が「ネーション(民族)ではなく(「中華民族」内の)エスニック・グループである」などのレトリックによって、民族の精神的絶滅が推し進められている「文化的ジェノサイド」の実情を剔抉(てっけつ)する。史実の反省どころか、ますますジェノサイドが徹底化しているのである。
本書を読み、私はシンボルスカ(ポーランドの女性詩人、1996年ノーベル文学賞)の詩句「言葉は涙の底に落ちていった」を想起した。暴力に対して言葉は無力のように見えるが、しかし言葉は「死者を呼び戻」すこともできる。正続『墓標なき草原』の言葉一つ一つは虐殺された死者を甦(よみがえ)らせ、ジェノサイドを証言せしめている。
楊氏は悠揚と「『坂の上の雲』は確実にモンゴルの青空の上を美しく飛んでいます」と本書を結んでいる。読者は身体的・精神的ジェノサイドを凌駕(りょうが)する強靱(きょうじん)かつ明朗な精神に励まされ、残虐な暴力を乗り越え記憶のモニュメントを現代史に構築できるという確信を得られるだろう。
そして、その力強いメッセージは、読了して終わりというものではない。本書は人道に反する時効のない犯罪を裁くべく将来開かれる法廷の「序章」でもあるからだ。まさに、絶望的な暗闇に光を織りなし、読み継がれていくに足る歴史に残る良書である。
続 墓標なき草原――内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録
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at 11.12.18
楊 海英
岩波書店
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