いまごろ南極観測船「しらせ」(乗組員175人)は、太平洋上のどのあたりを航行しているだろう。11日の雨の朝、「しらせ」は長い汽笛を残しながら晴海埠頭(ふとう)を離れていった。
15ノットほどのゆったりとした速度だから、いまだ小笠原諸島の沖合かもしれない。観測船の目的地は、日本から1万4千キロの彼方(かなた)に広がる白い大陸である。
この11月は南極探検のパイオニア、白瀬矗(のぶ)陸軍中尉率いる「白瀬隊」が、シドニーから南極を目指し、出発してからちょうど100年になる。中尉の名前を冠したいまの「しらせ」は海上自衛隊が運航し、オーストラリア西海岸で第53次南極観測隊を拾う。
一昨年、就役した「しらせ」は排水量が1万2650トンもあり、鈍重で大きな船体だ。南極海に入れば、この巨体をもって厚さ1.5メートルもある氷を砕きながら進む。海自はこれを「砕氷艦」と呼ぶ。
実は、晴海埠頭を出航する前の先月中旬、ひょんなことから「しらせ」に乗船する機会があった。
といっても、2度も南極取材をしている本紙の芹沢伸生カメラマンのように過酷な同行取材ではない。こちらは、母港の横須賀から東京湾の晴海埠頭までのささやかな航海であった。
海上自衛隊横須賀地方総監部の埠頭に接岸していた「しらせ」はともかくでっかい。停泊中の海自最大のヘリ搭載型護衛艦「ひゅうが」(1万9千トン)にもひけを取らない。
「しらせ」の建造は文部科学省だが運航は海自が担う。砕氷艦が横須賀を出航して数時間後、艦橋から右手前方に東京・お台場の「船の科学館」が見えてきた。すると、誰かが「右舷方向に宗谷」と声を上げた。
科学館の脇にオレンジと白の観測船カラーに塗られたちっちゃな船が係留されていた。1万トン級のわが「しらせ」から見下ろすと、なんと小さなことか。宗谷は全長82メートル、2224トンという日本初の砕氷艦であった。
オレンジ色と白い船体は、子供の頃からの憧れだった。あれは、団塊世代の筆者が小学校に上がりたてのころだと思う。遊びに行った上野動物園の一角で、精悍(せいかん)な一人の男が子供たちに囲まれていた。その日は、南極観測隊の隊長が子供たちの質問に答えるイベントであった。
当時、観測隊長や越冬隊長といえば輝くような子供たちの英雄であった。いまなら、地球に帰還した日本人初の宇宙飛行士を見つめるような目であったと思う。
目の前の人物が観測隊長の永田武さんか、越冬隊長の西堀栄三郎さんかまでは記憶がない。でも、生意気な質問をしたことだけは覚えている。
「どうしたら南極の隊長にはなれますか?」
高校入学後、山岳部に入って冬山を目指したのは、この幼時体験がさせたのかもしれない。あのちっぽけな宗谷で、1万4千キロの波頭を越え、南極大陸を目指したことを考えると、彼らの勇気と意気を感じる。
宗谷はソ連から受注の耐氷型貨物船として昭和11年に日本でつくられ、戦況により日本海軍が引き取って特務艦とした。ミッドウェー海戦やガダルカナル島の撤退に活躍し、終戦の年には米潜水艦の攻撃を受けながら生き延びた激戦の雄でもある。
あの11日に晴海埠頭を離岸した「しらせ」は、宗谷を今度は左舷に見ながら、新たな使命の成功を誓っていたに違いない。
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