夫、吉村昭の最期を描く
『紅梅』に先立って上梓(じょうし)された短篇集『遍路みち』(講談社刊)の中の、「遍路みち」「声」と本年度川端康成文学賞受賞作「異郷」の3篇は、『紅梅』と同じく作者津村さんの分身の〈育子〉を主人公にした連作で、〈夫吉村昭の死後三年余経(た)って漸(ようや)く筆を執った〉とあとがきにある。
3篇の連作では、育子は約束した仕事をかかえて夫を満足に看病できなかった悔いにうちひしがれ、夫の気配が濃厚な家と街からのがれたい一心で四国のお遍路ツアーに加わったり、熱海の長期滞在型ホテルであてどなくすごしたりする。癌(がん)におかされた夫が、迫りくる死をさとり自分で点滴をはずして死を迎えた最期は、まだ苦しくて描けなかったのだろう、作中で短く述べるにとどめている。
夫の死後5年を経て書かれた『紅梅』は、夫の発病から1年半にわたる闘病、そして夫が育子と娘の目の前で、胸に埋め込んである点滴のカテーテルポートをひきむしって「もう、死ぬ」と言った最期の場面まで、直視して描ききっている。
重い内容だが、重苦しさに澱(よど)むことなく読者をまっすぐにひきこむ。それは津村さんの端正な作風に加えて、感情や心理を極力まじえない抑制のきいた筆致の力だろう。修飾もそぎ落とした文章は、そのぶん読者をうつものが強く深い。
夫は、舌の痛みで癌が見つかって舌癌の放射線治療を受け、1年後に膵臓(すいぞう)癌を告知され全摘手術を受ける。入退院をたびかさねながら、夫は術後に癌が転移してしだいに衰弱し、近づいてくる死を意識するが、編集者に渡す約束の短篇の原稿をさいごまで推敲(すいこう)する。
おそらく今の日本では最新の癌治療のありさまと夫の病状の経過を、闘病の日々とあわせて、ひき締まった記述で詳(つまび)らかにたどっていて、記録文学としても読みごたえがある。作家の眼と、50年つれ添った妻の情が一体となった、すぐれた記録文学だ。
『紅梅』は、私小説作家を自任する津村さんの円熟期の代表作となる私小説の秀作である。
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