【書評】 『天皇の暗号 明治維新140年の玉手箱』 大野芳著

AAI Fundさん
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南朝正統論の投影を探る

 定説や常識にとらわれず、正史から消えた、あるいは意図的に消された出来事、埋もれたままの伝承や俗説を丹念に掘り起こす。独自の発想と視点、大胆な仮説に立って、点と線をたどりながら歴史の闇に光を当てる。著者が主舞台としてきた世界である。

 これまで神風特攻隊「ゼロ号」、バロン西伝説、宮中某重大事件、戦艦大和転針、山本五十六自決、伊藤博文暗殺などを取り上げてきた。40冊目のこの作品で「南北朝と近現代史」に挑んだ。南北朝時代が「明治維新にどのように影響したのか。そしてその秘密とは、何か」(第三章)というのがモチーフだ。

 明治憲法は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第一条)と宣言し、現憲法も「皇位は、世襲のものであつて」(第二条)と定めている。天皇制の根拠は連綿と受け継がれてきた皇統にある。

 だが、14世紀に南北朝時代があり、両皇統のどちらを正統とするかについて、正閏(せいじゅん)論という論争が数百年前から続いている。江戸時代、従来の北朝正統論に対して水戸の「大日本史」などが南朝正統論を唱え、火が付いた。

 その潮流の投影を探る。幕末の尊皇論に始まり、孝明天皇の崩御、明治天皇の即位、倒幕と明治維新、さらに明治期の征韓論や大逆事件、大正デモクラシーと天皇機関説論争、戦後に連合国軍総司令部(GHQ)が強い関心を示した熊沢天皇といった近現代史の諸事件をどう左右したか、本書でその軌跡を追った。

 孝明天皇暗殺説や明治天皇すり替え説に筆を進め、「岩倉具視が企図した維新は、天皇への忠誠を巧みに操って成し遂げたものである。勝利者にうしろめたさがあるとすれば、南朝の天皇を利用した仕掛けにこそある。新国家は、天皇機関説として成立した」と著者は言う(第十章)。

 「異端邪説の集積では」と疑う人もいるかもしれない。だが、多くの読者は、豊富な取材、対象との距離を意識した冷静な描写、巧みな構成と展開に引き寄せられ、上質の歴史ミステリーのように、結末を知る楽しみにワクワクしながら読み進むに違いない。
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